クリント・イーストウッド久々の監督・主演作は朝鮮戦争で受けた心の傷の未だ癒えないポーランド系の老人と少数民族モン族出身の姉弟との心の交流をビンテージカー「72年型グラン・トリノ」を素材にして見事なまでに描き切った快作。久々に映画らしい映画を観た気がする。前の監督・主演作である「ミリオンダラーベイビー」の強引な物語展開に不快な印象を受けてしまったために、それ程期待せずに観ることができたのも良かったかもしれない。ただの退屈な自動車映画になっていないのも良い。
この映画は面白い。もちろんストーリーもそうだが、真に面白いのは鑑賞する側に様々な感情を湧き上がらせるということだ。笑える映画という訳ではないが、思わず笑ってしまう場面が何箇所かある。怒りや恐れや不安は多かれ少なかれ誰もが感じるに違いない。また、誰もが泣ける映画と断言はできないが、エンディングではそれぞれ異なる意味で涙を流すことになるかも知れない。おそらく観るものは意識せず喜怒哀楽の表情を各所で放っていることだろう。各場面の精細な分析処理も抱く感想も観るものに任せており、押し付けでない感じなのがまた良い。だが、誰もが何かを感じるだろう。これこそエンターテイメントであり、まさに大衆娯楽としての「映画」ではなかろうか。
ストーリーラインは意外な程シンプル。ただこのシンプルなストーリーこそこの映画を映画らしい映画として屹立させている要と言える。人生、自己認識、存在意義、他者のアイデンティティーの容認、そして生命と死。人間が自らを考察し、人生をちゃんと生きる上で必須の要素が一見冗長でシンプルなストーリーに重厚に絡みつき、物語を太く充実した物にしている。
物語上の重大な出来事に眼を奪われてしまい、単純な復讐劇のように捉える過ちを犯しがちだが、復讐というタームは復讐以上の重要な物を鑑賞する者に残すためにえがかれているに過ぎない。本質は自らを見据えるための他者との心の交流であり、生命の素晴らしさであり、人生の素晴らしさである。よくぞここまで表現しきったと思う。
鑑賞したのが英国版BD(日本語吹替・字幕あり)だったので、国内版と全く同じかどうか保証できない。以下のBDとしての評価は参考程度にしていただきたい。
最近AVCの映画が多い中、映像コーデックはVC-1。両者では世間で言われている程の違いは生じないらしいが、このBDからはややザラついた粒子が目立つ印象を受ける。また晴れた場面でも全体的に暗めでくぐもった色彩だ。輪郭も自然な感じで、あまり鮮明さが強調されていない。ただ、これら全てがこの作品には非常に適合しているので、製作側の意図が大きいのだろう。だからこそVC-1で十分なのかもしれない。5段階で3.5-4/5というところ。
音声コーデックはDolby TrueHD 5.1ch。全体的に無駄なBGMの少ない静かな音作りだ。だが、そのおかげで細かい音が明瞭に聞き取ることができ、真の臨場感を得ることが可能だ。こういう映画こそサラウンドで楽しむのが良いだろう。5段階で4.5/5。
映画好きの全ての人に自信を持って薦められるBDである。私の耳からは未だにエンディング曲の「グラン・トリノ」が離れない。