「ゴリオ爺さん」、「谷間の百合」等で著名な作者の短編集。趣向の異なる五編を収めている。「人間喜劇」らしく、歴史的人物や自他の作品中の登場人物を、作中で言及している点が目を引いた。
タイトル作「グランド・ブルテーシュ奇譚」は作者が寄宿舎生活を送ったヴァンドームを舞台に、寂れた豪邸(グランド・ブルテーシュ館)に起こった過去の悲劇を描いた作品。館で亡くなった富豪のメレ夫人は放蕩な貴族の夫と暮らしていたが、夫と離別した後は誰も寄せ付けず晩年を送り、50年間は館をそのままの状態で保存せよとの風変わりな遺言を残す。語り手のオラースは荒廃した館と館が醸し出す異様な雰囲気に興味を持ち、その謎を探るのだが...。背景にあるキリスト教とナポレオン戦争。そして、メレ夫妻は勿論、公証人、小間使いの娘、宿屋の女将等が活写され、"人間を描くのが巧いなあ"とつくづく思わせる。「ことづて」は事故で瀕死状態の青年に、密通している伯爵夫人への"ことづて"を頼まれた主人公が夫人に遭いに行くと言う小品だが、夫人の深い悲しみと夫の喜劇性の対比の妙、自身も恋に落ちている主人公と夫人との心の交情で読ませる。"ことづて"の恋文の束の他に、青年の"髪の毛"を届ける辺り巧い。「ファチーノ・カーネ」はヴェネチィア出身の元貴族の盲目の老人の数奇な人生を詩情豊かに綴った幻想的作品。「マダム・フィルミアーニ」は面白い構成の作品。様々な階級・主義の立場の人々のフィルミアーニ夫人評を羅列して、各々を皮肉ると共に、天使とも悪女とも取れるフィルミアーニ夫人の実像を曖昧模糊とさせ、夫人に堕落させられたと言われる青年オクターヴとの真の関係を最後に明かすと言う技巧が光る。「書籍業の現状について」は題名通りのエッセイ。
良く言われる事だが、人間観察力の鋭さと共に、理知的な面でも優れている点を痛感した。訳文も分かり易く、巻末の年譜も親切。バルザック入門に好適な傑作短編集。