雫井佑介がこんな書き出しで始まる小説を書くなんて!
と最初は驚きながら読み進めていた。
正直いうと、少し文章に古さを感る部分もあったが、
全体として柔らかく、優しく沁み入る話だった。
自分の棲むアパートのベランダを見上げる男をみかけた香恵は、
その男性が、いつも自分がアルバイトをしている文具店に通う
石飛隆作だと気づく。鈍感でおっちょちょいの香恵の、それこそ
あまりの気づかなさにやきもきしながら読み進めるのだが、
ある日押し入れからみつけた一冊のノートで、彼女が、本当に
まさにやきもきするくらいゆっくりだが、変わっていく。
石飛さんとの恋、アメリカに留学中の友達との関係、
将来何をしたいかという漠然とした不安。そのもやもやしたものが
少しずつ、そして、最後にようやくくっきりと晴れ上がる。
香恵というひとりの少女の「自分探し」と読む事もできなくもないし、
雫井初めての恋愛小説、という紹介のされ方もうなづける。が、
少々物足りなく、かつ新鮮みを感じないのも事実。ただ、
あとがきを読んだとき、この作品に彼個人のある思いが注入されていること
を知り、登場人物のひとり、伊吹先生を身近に感じる事ができたのが
収穫だったといえるだろう