James Ciffordによる批判的文化人類学の再構築/脱構築を、独自の感性を以って受け継ぎ、世界を股にかけ、流浪の間国家的旅路を読者の心に刻みつけ続ける今福龍太の代表作。ノンエッセンシャリズムという構築主義観から、巧妙にエッセンスを記述しようとする権威の足下をすくい、そこにヘテロな交通を見いだす。今福の視座は、常にステレオタイプの粘着に絡め取られてきたサバルタンの行為主体としての可能性を救出し、「安全」な立場を保たんとする記述者を侵食する影響の不安を記述する、第三者的語りに収斂してゆく。しかし、今回は分析に終始する今福であるが、文化人類学者としての本分、参与観察を忘れたわけではない。彼は、人類学のフレームの外、記述者健忘症というフィールドへと出立したのだ。