「クレイジーカンガルーの夏」のスピンオフ作品ということで、舞台も同じなら、登場人物
もほぼ同じで今回は女の子が主人公である。しかし個人的な好みからいえば、今回の作品のほうが断然良かった。相変わらずぎこちない部分が目につき読みづらい部分も多々あったが、それでもそれを凌駕する力があった。何が良いといってここに描かれる中学生の日常は、あまりにもあの頃のぼくが経験した中学時代と似ているのだ。主人公が女の子であっても、あの頃の思春期突入時のもやもやしたやり場のない焦りみたいなものは男もおんなじだ。だから、ぼくも大いに共感するところがあった。それに本書はせつない。
こういうのあったよなー。この気持ちは男でも女でも変わりなく必ずあるものなのだ。いわば通過儀礼のようなものなのだ。それが圧倒的な質量でもってよみがえってきた。子どもと大人の中間地点という、いってみれば吊橋を渡っているような危うい時期に、人はみな踏み外した痛手を負って人生の辛さを学んでゆくのである。それは必然であり、避けては通れない道なのだ。意味もわからず人を振り回したり、悪意ある中傷に傷ついたり、疑心暗鬼に陥る寸前まで他人を疑ったり憧れが恋愛と同義だと勘違いしたりなど、踏み外してしまう陥穽はいたるところにある。それは地雷のごとく行く先々で待ち受けている。だからこの時代は濃密なのだ。
本書の主人公である菅野晴は、クラスの中でも比較的目立たない存在だった。だが二学期に学級委員に選出されてから、彼女の時間は大きくうねり少女から大人になる困難でやるせない道を歩むことになる。ホント、この話はせつない。リアルにせつない。こんな三人の子持ちになったおっさんのぼくでも、胸の奥が焦がれてしまうほどせつなくなった。う〜ん、いい本だ。