本書は<世界苦>の芸術学者、宮下誠の遺作となったようだ。
『カラヤンがクラシックを殺した』の大真面目な、しかもややエクセントリックな論調、文体は極めて個性的なものだったが、本書ではクリムトへの手放しのオマージュが熱く、クリムトへのシンパシーが薄い評者にも大いなる感慨を伴った。
本書を読んだのは著者が亡くなったことを知る前であり、正直に言えば、その「感慨」も今となっては掛値したものではあろうが、たとえばマーラーとクリムトの類縁性など、マーラーにもシンパシーの薄い者としては頷ける部分が多かったことは確かだ。
それでも、クリムト作の『ベートーヴェン・フリーズ』には、初見から大いに衝撃を受けたものだった。ベートーヴェンの『第9』から、あのような具象を引き出すクリムトの特異な美的感覚には唸らされた。
42ページ以降の著者の解説は、管見のうちでは最も簡潔なものである。
ベートーヴェンの第9を指揮したマーラーの演奏はどのようなものだったのか?
それを聴くことは最早叶わない。宮下誠の新しい演奏論をもう読めないのと同じように。
謹んでご冥福をお祈りしたい。
(以上、全文8月9日記)