内容(「BOOK」データベースより)
批評とは、単に作品の優劣を示すためのものではない。むしろ、作品を単純に序列化できる公準などないと観念したところから開始されるものである。作品と読み手との具体的出会いの現場から、文学の位置を問う。
内容(「MARC」データベースより)
批評とは、単に作品の優劣を示すものではない。むしろ、作品を単純に序列化できる公準などないと観念したところから開始されるものである。作品と読み手との具体的出会いの現場から、文学の位置を問う。
著者略歴 (「BOOK著者紹介情報」より)
千葉 一幹
1961年三重県生まれ。1984年東京大学文学部卒業。1991年東京大学大学院総合文化研究科単位取得。現在、東北芸術工科大学助教授(比較文化・日本近代文学)。1997年「文学の位置―森鴎外試論」で第41回群像新人賞(評論部門)受賞(本データはこの書籍が刊行された当時に掲載されていたものです)
1961年三重県生まれ。1984年東京大学文学部卒業。1991年東京大学大学院総合文化研究科単位取得。現在、東北芸術工科大学助教授(比較文化・日本近代文学)。1997年「文学の位置―森鴎外試論」で第41回群像新人賞(評論部門)受賞(本データはこの書籍が刊行された当時に掲載されていたものです)
抜粋
…「学問の自由」を問う学生を問題視し、それに対して等しく自明性の解体という答えを用意した上野と福田が、また主題化したのが、上野の場合はそれが新たに発生し、福田の場合は逆にそれが抹消される懸念の表明という、正反対のベクトルをもつものの、等しく主体の問題だった。(中略)しかし、彼らの問題視する主体は、柄谷行人の言う「実存」、すなわち上野や福田の「実存」に関わることなのか。学問や思想の価値を問う学生を端から相手にしない彼らは、ヘーゲル流の「大きな建物」にいるように思われてならない。主体を問題視する彼らは、その起源にある「堀立小屋」を見ていない。あるいは見ようとしていないのではないか。…(「序」より)