自動車事故に魅せられた人々。潰れて血まみれとなった車体、無惨な姿となって回収される犠牲者や朦朧とし半死状態で救助される人々。そのシーンを観察し記録し妄想し、己のエクスタシーを追求する倒錯者たち。性の衝動と死への憧憬が互いに侵食しあい融解していくさまが描かれています。テクノロジー社会に逼迫される人間の精神が、偉大ともいえる人類の歪んだ想像力でもって危機を乗り越えようとする「逸脱の論理」を追求するのです。クラッシュと死という大きなオルガズムを知ってしまった現代人はどこへ行けばいいというのでしょうか。
本作は'73発表のいわゆるテクノロジー作品群のひとつです。激変する社会の中でもがく現代人の精神病理を切った作品ですが、近作と比較すると完成度は微妙です。エロスとタナトスを表現・描写する手法も直喩的・換喩的であり、最近の作品群の隠喩と寓意で織りなされる奥深い味わいまでは達してないと思います。ただしバラード作品のモチーフとなるキーワードは凝縮されています。ヒースロー空港/郊外・高速網、パイロット/飛行、女医(小児科医)/救急病棟(精神病棟)、身体障害/装具などなど。
1930年生まれのバラードは近年もなお精力的に作品を発表してます。『コカイン・ナイト』('96)『スーパー・カンヌ』('00)『Millennium People』('03)『Kingdom Come』('06)と、共同体における「倦怠と暴力の社会精神病理」が完成度の高い筆致で描かれてますが、『クラッシュ』はそれらのエロス側面のプロトタイプでしかも激しくクラッシュしてます。そしてついに『Miracles of Life』('08)という自伝も出てしまったようです。(そろそろバラードの読み頃だと思いますので入手し難くなってるバラード作品をお抱えの出版社の方は今後も文庫化等よろしくお願い致します)