今時、こんな勇気のある本があるだろうか?
ステレオサウンド誌等で、鋭い視点の評論が注目されている嶋護氏によるオーディオソフト・オタク本である。膨大なクラシック音楽のレコードの中でも、超の字の付く優秀録音を106点取り上げているが、嶋氏らしいのは、たった一枚のCD(グールドのゴルトベルク新盤のみ)以外、大部分が70年代迄のアナログLP(原則的にオリジナル盤)であることで、前書きにもあるように、故・長岡鉄男氏の外盤A級セレクションとハリー・ピアソンのTAS Super Disc Listの2011年版といえば、大まかなイメージは掴めるだろう。さらにジャケ写はもちろん、ジャケ裏のライナーノーツがどうにか読める程度に載っているのも大きな特徴だ。そのため2500円という値段になっているが、私は中身を見てある程度納得出来た。
嶋氏が他のオーディオ評論家と異なるのは、音楽自体にも非常に造詣が深いことで、その点では、注意深く音楽評論家の領域への侵犯を避けていた長岡氏とは違う。そのため各LPに付けられているコメントは、音楽とオーディオを総合的に語るという、非常に困難な域に達しているのだ。こういうあり方の評論は、日本の音楽評論家にもオーディオ評論家にも、少なくても今まではなかったのではないか(強いて云えば、岡俊雄氏か?)。
選盤自体は、本人も認める通り、ピアソンのリストと半分はかぶるのだが、それはある意味で仕方がないだろう。彼なら、ピアソンのリストをわざと外しても作れただろうが、それでは膨大な「クラシック」の名録音の歴史を語ったことにならないからだ。古典は古典として学ばなければならないのである。
それより問題なのは、この本をきっかけに私たちがどういう行動に出るかだ。私の場合は、同じLPをコンプリートするという行為は、経済的にも物理的にも諦めている。その代わり、CDやSACDにトランスファーされたものを入手して聴いている。オリジナルの音とは似て非なるものも中にはあるのだろうが、なるほどと納得出来る優秀録音も数多い(というか、一般的にはそれしかフォローの仕様はないのだ)。
ウィルキンソンやファイン、レイトンといった天才的なエンジニア紹介でもある本書だが、一番大事なことは、本書を手がかりに、他人の耳を借りず、自分で善し悪しを判断出来るような耳を養うことであろう。
最後にひとつだけ疑問を。嶋氏の再生装置が不明である。参考までにそれを記載していただきたかった。
なお、本書に興味のある方なら、当然、A級やTASリストはご存じであろうが(後者はネットで調べられる)、ネットの「やぴぴの兄」(長岡教徒のようだが)のリストは、日々進行形なので注目に値すると思う。前述の「自分の耳で聴いている」人なので、ご参考まで。