知っている曲が、聴いたことのある曲が、違った角度から語られて、違った魅力を備えて自分の前に現れる。
(あの曲がそんな風に聴こえるのか)、本を読みながら、想像するだけでわくわくしてくる。
興味はあったが、まだ聴いていない曲について、演奏の美点や特質が、的確に説明される。
(この曲はそういう感動を聞き手に与えてくれるのか)。まだその音楽を聴いていないのにどきどきしてくる。
そういう文章(と名盤セレクト)が数多くちりばめられている。
以下、例文:
「モーツァルト フルート四重奏曲」;立ち上る霧のような音楽といえばよいのか、幻想的な調べの美しさと
表現の詩的優しさが傑出、古楽ならではの美学が結晶となっている。テクニカルな面での巧さも格別だが、
何よりも音色が素晴らしい...演奏家個人の思い入れの激しさや経験の豊かさ、あるいは個性といったもので
作品を塗り込めるのではなく、作品に音の翼を与えてあるがままに空中に解き放つ、そんな演奏」
「ベートーベン 交響曲第三番「英雄」」;フルトベングラー、トスカニーニ、ベーム、バーンスタインなど
名盤の歴史が築かれてきたが、イギリスの名指揮者ノリントンが21世紀の『英雄』像を輝かしく打ち立てた...
ビブラートをほとんど用いない奏法が作り出す見通しのよい響き、各楽器が解け合うのではなく、むしろ対比、
対照されて響き合う線や色彩感、雄弁に自己を語る管楽器や打楽器の比重の大きさ、前進していく躍動感など、
驚きと発見の宝庫」
「ホルスト『惑星』(レバイン指揮、シカゴ響)」;ストリングスの豊麗な音色、管楽器の咆哮、打楽器とオルガンが
作り出す地響きのような音響、さらに各セクションの驚異的な巧さなど、それらすべてが一丸となって大波のように
聴き手を襲う...真のビルトーゾ・オーケストラのみが切り開くことのできるオーケストラ音楽の新しい醍醐味を
堪能させてくれる演奏であり、感動の領域を一歩も二歩も進めた快演」
といった調子。CDは年代順に並べられていて、ジャンル分けはされていない。
どこから読んでも自分にとって「ぐっとくる」新発見がある。
著者が、読者をいざなってくれるのは、クラシック・ミュージックという、妖精たちが翔びまわる芳醇な森の中。
(ただし、実際に絶賛されているCDを聴いてみると、たいしたことがないということが、度々あった。
音源を、文章による形容が追い越してしまっているかんじ。それにシェーンベルクの曲がひとつもないなど、
偏りも激しい)