フリークライマー、リン・ヒルの自伝的著書。
およそ収入にもならず、スポーツとしての認知も殆どされてこなかったフリー・クライミングに、多くの犠牲を払って入れ込む人々の情熱は一見不可解ではある。しかし、スタイルの確立されてしまったスポーツ以前の、遊びや冒険のもつ強い魅力がそこにはあるようだ。本書は著者の自伝であると同時に、そうした魅力に取り憑かれた人々のコミュニティの記録でもあり、フリー・クライミング史の貴重な記録にもなっているのだろう。
危険の伴うスポーツには珍しくないが、ふとしたミスがまっすぐに死へと至る過酷な現実も描かれている。過度な大胆さや見通しの甘さから命を落とした、優れたクライマー仲間たちの話は、読んでいて背筋が凍る思いである。ただ著者は、そうした友人達の死についても感傷的になりすぎず、クライマーとしての目線から抑制のきいた筆致で書いている。
本書の魅力のひとつは、高い運動能力とそれを活かす精神力に恵まれた者から視える世界を、文章から感じとることにあると思う。著者は語り口も控えめに、試練とそこで得た学びのことを淡々と語るのだが、「引き返せないと知ったときの精神的余裕、心の状態にすべてがかかっていた」といった言葉の端々に、生き延びる者の資質が窺えるような気がする。
文章じたいは読みやすいが、やや冗長なところもある。ただ、盛りあがりに欠けても文章に変に演出を施さないのは、著者の誠実さともとれる。
ちなみに Youtubeで Lynn Hillと入れて検索すると、彼女のフリークライムを幾つか観ることができる(インタヴューも)。素人の自分には、何をしているのかも、どれくらい難しいことをしているのか見当つかないが、それでも観ていてワクワクする。