この演奏を聴かれる方の多くは、同じクライスラー自作自演のルップ伴奏盤と比較をされるに違いない。
あちらは‘38年録音であるから、クライスラーは当時63歳になっていることになる。この時には残念ながら若干の演奏の衰えも隠しきれず、不自然なクレッシェンドも時折あったりして、正直言って私は余り好きになれなかった。そして、こちらのラムソン盤は‘10〜20年代の録音で、クライスラー50歳代前半までであり、全盛期に近い時期の演奏に接することができる。
音質は一部アコースティック録音を含む電気録音初期のものであり、お世辞にも良いとは言えないが、ノイズは大きいものの歪みは比較的少なく概ね聴きやすい状態にある。
そして演奏スタイルは、ポルタメントを多用するなど、現代の演奏と比較すれば、「おやっ」と思う箇所もあるわけだが、その音はとても優しく、まるでクライスラーの人柄が偲ばれるような暖かい音楽だ。
このアルバムそれぞれが名演奏であるとともに歴史的演奏でもあるわけだが、その中ではやはり代表曲「愛の喜び」「愛の悲しみ」「美しきロスマリン」が印象深く、素晴らしい。それらでは貧弱な音の遥か向こうから、まるでクライスラーのささやきが聞こえてくるような気さえする。これらは言うまでもなく、今やさまざまな演奏家が採り上げる人気曲であるが、この演奏を聴けば、今まで聴き古してきた現代の演奏がどことなく冷たく感じてしまうのは私だけだろうか。