この巻はケアリーによる「クシエルの遺産 Kushiel's Legacy」シリーズの全6巻の最初の巻「クシエルの投矢 Kushiel's Dart」を3分冊で邦訳したものです。6巻の前半3巻は本巻のヒロインであるフェードルがヒロインを務めるフェードル三部作になります(後半3巻はイムリール三部作)。他のレビューにもある通り、ファンタジー小説としては珍しく官能的ですが、第2巻「クシエルに選ばれし者 Kushiel's Chosen」、第3巻「クシエルの化身 Kushiel's Avatar」と続く巻では官能方面はそれほど強調されていません。ちなみに後半イムリール三部作の第1巻「クシエルの裔 Kushiel's Scion」ではまた気を取り直したように官能的になりますが、いずれにせよ、現実世界を参照しつつ構築された堅固な世界設定が巧みに物語を支えており、どの巻も素晴らしい出来栄えです。
訳文も大変読みやすく、ファンタジー世界に入り込むことを妨げない達意の訳だと思います。しかし、随所で重大な誤訳が目立つことも確かです。たとえば、シリーズを通じて重要な場面でたびたび引用されるエルーア様の教え「汝の欲するがままに愛せよ Love As Thou Wilt」があろうことか「萎れるまで愛を尽くせ」と誤訳されてしまっています。このモットーは「汝の欲することを為せ Do What Thou Wilt」「愛こそが、意志の下の愛こそが法である Love is the law, love under will」という魔術師アレイスター・クロウリーの有名なモットーへのオマージュなのですが、そうした蘊蓄はともかく、本書の誤訳のようではテールダンジュが性的に自由の極みにある理由が見えなくなってしまいます。 他にも「夜咲く花々の庭 Court of Night-Blooming Flowers」の略称である「夜の庭(夜の宮廷) Night Court」が「夜の法廷」と訳されてしまっているなど、世界観に関わる箇所での――なぜそんな間違いをしてしまうのかやや訝しんでしまうような――誤訳が多々見られ、それが後続の巻にも引継がれてしまっているので、残念ながら星ひとつだけ減点としました。
追記(2010/11):上記の指摘に対し『クシエルの啓示 3:遙かなる道』のあとがきで訳者が弁明を試みておられます。しかし、評者としては上記の「誤訳」であるという評価を取り下げることはできないと考えます(繰り返しますが、こうした幾つかの点を除けば基本的には優れた訳業だと思います)。訳者が指摘するとおり、エルーア様の教え「Love As Thou Wilt」について「wilt」はwillの二人称単数現在形であると同時に動詞「萎れる wilt」が重ね合わされている掛詞であることは確かです。しかし、それを「萎れるまで」と訳すには「Love as Thou Wiltest」となっていなければなりません(-estは二人称単数現在語尾です)。英語テクスト自体の訳出として「萎れるまで」は明らかに誤訳であり、それがかりに掛詞として重ね合わされているとしても、掛詞の方をメインの意味にして訳出することが適当でないことはいうまでもありません(しかもクロウリーのパロディに込められた意図を見えなくしてしまいますから却って有害です)。そもそも「as thou wilt」は「みこころのままに・あなたの望むように」という殆ど定型句のようなものです(たとえば KJV Matt. 26:39という極めて有名な箇所を通じて)。評者としてはイムリール三部作を訳出される際には勇気を持って訳を改めていただきたいと考えています。