精神科医であり人間文化学教授の香山リカ氏の著作。精神疾患を有しない人でもキレるという事例や実際のキレやすい患者を診察した経験から、各自について解説し、最終的にはキレないための注意事項を述べている。平易な文章で、情報量も多くはないため、誰でも数時間あれば読破可能。教養本というよりは手軽な自己啓発本かエッセイに相当すると思われる。
一見すると、提示されている症例についての解説は概ね妥当と思われる。しかし、症例提示がほとんどで、主張を一般化するには無理があると思われる。また、引用も新聞報道やウェブサイト、一般の教養本程度から手軽に調べたものばかりで、注目すべき情報はほとんどない。また、『駅の暴行事件で50才代の加害者の実数が多かった』という新聞報道を鵜呑みにして中高年ほどキレやすくなっていると述べているが、元々人口分布では50才代が多いことなど、基本的な背景因子を検証していないと思われる考察も多い。読者が期待する、医学的な見地からの解説としては、和文の書に掲載された扁桃体についての仮説のみが述べられているだけで、よくわかっていないとお茶を濁している。fMRIによる様々な研究結果が英文論文で報告されているにもかかわらず、情動の破裂に関して最も基本的な前頭葉の記載がなく、PTSDにおける脳の変化なども詳細に報告されているのに全く述べられていないことからも、著者自身の勉強不足のように感じる。キレないための最終的な対策として、格好悪いからやめましょう、ストレスをためないようにしましょう、では目から鱗が落ちるようなことはないどころか、精神科医でなくてもわかっていると思う。
著者の経歴の記載で、心の病についての『研究』とは述べず『洞察』としている点は、著書のレベルにたいする読者の不満への言い訳ともとれる。同氏の他の著書と比較すると全体的にまとまっていて、ある程度の整合性もあるが、ウェブサイトから得られる以上の情報があるかと言うと、そうは思えない。他の著作と比較するとましなので星3つとするも、これは甘めで値段分の価値はないように感じる。一般論としても、著者は、なぜお金を払って書を購入するのかという読者の目的を十分に考え、独自の目新しい結論(本書であればキレない解決策)を提示するべきであると思う。