幸福度世界一の国デンマークが誇る大哲学者セーレン・キルケゴールの生涯と思想を紹介した入門書です。大学の卒業式では来賓がデンマークの方だったので創立者がデンマークの偉人であるアンデルセン、グルントヴィ、キルケゴールを取り上げて話をしてくださり、それ以来密かに課題にしていたキルケゴールを漸く勉強できました。
他のレヴュアーさんも書いておられますが、本書は当たり外れのある清水書院<人と思想>シリーズの中でも大当たりと言っていい出来栄えの本だと思います。この本を読んだ後更に別のキルケゴール本に進まない人はいないんじゃないか、という位です。私に至っては読みながらキルケゴールの誠実さ、真剣さが胸に迫って来て何回か目頭を熱くし(アレな涙腺)「もーほんとセーレン半端ないわあ〜!!」とキルケゴールを勝手にファーストネームで呼び始める始末でした。
「私がもし画家だったら<一人の貧しい婦人の、眠る我が子へ向けた微笑み>以外は絶対に描かないだろう(『あれかーこれか』より趣意)という言葉で既にハートを鷲掴みされていましたが、本書を読んではっきりとセーレンのガチファンになりました(懲りずに馴れ馴れしく呼ぶ)。
私は本書を読む前に弥生書房さんの『キルケゴールの言葉』を読了しており、断片的にキルケゴールの思想を頭に入れていたので「こうなのかな?」と半信半疑だった部分が本書を読んで秩序を与えられてすっきり整頓された感じでした。<絶望>や<単独者><皮肉>の定義については抜粋を断片的に読んだので混乱していたのですが、おかげである程度理解できました。
本書では、後半の思想紹介の部分でキルケゴールの著作を「審美的著作」「哲学的著作」「宗教的著作」と三段階に分けて解説してくれており、用語解説も丁寧で、記述にも全体に初心者のペースにあわせる配慮が感じられ非常に行き届いた有難い本で、初学者には胸を張ってお勧めできる一冊です。
前書を読んだときソクラテスについての言及が多いなあと思っていたのですが「あなたが神の言葉を学者的に読むなら、あなたは神の言葉を読んではいないのです」と言う誠実な心のキルケゴールは<観念論ではなく、現実に自分の身をもって哲学(信仰)を生きる>実存的な哲学者の模範としてソクラテスを相当に尊敬していたようです(キリストよりは下に置くとしても)。この辺の好みからも「やっぱソクラテス先生いいよね〜☆私も好き〜キャッ」みたいなキャピキャピした勝手なシンパシー(無論私とキルケゴールでは程度に歴然たる差がありますが)を感じてしまいます。
そもそも<単独者>の概念は<一人立つ精神><異体同心>また<人間革命>という仏法および創価の思想と驚くほど近似していますし、キルケゴールの迫害や殉教に対する考えは「詮ずるところは天もすて給え諸難にもあえ身命を期とせん」という日蓮大聖人の覚悟、思想とも重なると思います。「既成の教会権力に擦り寄るキリストの賛美者ではなく、迫害を恐れずに形式主義や虚偽と戦うキリストの倣び人であれ」−信じる宗教は違ってもこの崇高な闘争精神は同じものだと感じます。
最後にキルケゴール若き日の熱い実存日記から一説紹介させていただきます。この言葉に我が意を得たり!と感じる、またこの決然たる意気に励まされる若い人たちも多いのではないでしょうか。
「私に欠けているのは、私は何をなすべきかということについて、私自身に決心が付かないでいることなのだ。私の使命を理解することが問題なのだ。私にとって真理であるような真理を発見し、私がそれのために生きそして死ぬことを願うようなイデーを発見することが必要なのだ。いわゆる客観的な真理などを探し出してみたところで、それが私に何の役に立つだろう。・・人は他の何ものを知るより先に、自己自らを知ることを学ばなければならない。・・この道は私を闘争に導くだろう。だが私はたじろぎはしない。・・私は見出した道を駆けて進もう」(『日記』より)