本書の題が、『キリスト教の常識』ではなく、『キリスト教「文化」の常識』であるところがミソである。文化というものが、単に芸術作品などだけでなく、むしろ日常生活の中に溶け込んだ行動様式とかものの考え方のことであるとすれば、本書はまさにそうした日常の中にあるキリスト教を教えてくれるものであり、それが興味深い。
キリスト教というものがあることは誰もが知っているが、ぼんやりしたイメージを超えて、具体的にどういうものであるかというと、信者でもなければ語れる人は多くはないのではないか。キリスト教についての本はむろん数多くあるし、解説書も少なくない。それらもむろん有意義な本なのだろうが、何となく仰々しくて敷居の高いことが多い。そのような本を読んでも、ごく素朴な疑問や知識、たとえばカトリックは離婚できないとか、カトリックの神父は妻帯できない、などという事実にはなかなかたどり着けないのが実情だろう。一般庶民にとっては、いわば日常会話のレベルで学べる媒体が欲しいのであって、本書はそういう稀な本である。
そうした特徴を表すのが、たとえば「メディアの中のキリスト教」の章で、いろんな映画の中にあるキリスト教の要素がどういうものかを解説してくれるところである。楽しい。
ほかにも、名前、カレンダー、挨拶、ことわざ、ジョークなどといった興味深い話題の中で、いかにキリスト教が日常の中に入り込んでいるかを教えてくれる。我々は日本は基本的に仏教の国だと思っているが、同時に西洋文化の影響が大きいことも知っている。ところがその西洋文化の核心にキリスト教があり、したがって我々の生活の中にも、想像をはるかに超えてキリスト教の要素があることにはなかなか気がつかない。それを知ってあっと驚くことになるのだ。長くはないこの本の中にもそうした事例はたくさんあって、まさに「目からうろこ」である(ただしこの「目からうろこ」という言葉自体も聖書に由来することには触れていない)。
こういう、ありそうで実はなかなかない本がいかにして可能になったかといえば、もちろん著者の人柄であり教養でもあるのだが、その生い立ちに負う部分が大きいと思われる。「文明の十字路」と言われる中東レバノンに生まれ育ち、日本人と結婚して日本にも長く住んで日本の学生を教え、ということは異文化を対比もでき、かつ説明する機会も多かった、ということである。本人はカトリックだが、基本的にプロテストタントの国であるアメリカなど、各国の事情にも通じている。少しでもキリスト教に興味があるなら、手元に置いていい一冊だと思う。