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キリストにならいて (岩波文庫)
 
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キリストにならいて (岩波文庫) [文庫]

トマス・ア ケンピス , 大沢 章 , 呉 茂一
5つ星のうち 4.3  レビューをすべて見る (7件のカスタマーレビュー)
価格: ¥ 798 通常配送無料 詳細
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商品の説明

内容紹介

トマス・ア・ケンピス(1379/80-1471)が自らの宗教体験から修道士たちの精神生活の完成のために書いた書。「霊の生活に役立ついましめ」「内なることに関するすすめ」「内面的な慰めについて」「祭壇の秘蹟について」の4章からなり、神への愛を欠く生のいかに空しいかを説く。世界中で聖書についで最もよく読まれた書物だという。

登録情報

  • 文庫: 280ページ
  • 出版社: 岩波書店 (1960/5/25)
  • 言語 日本語
  • ISBN-10: 400338041X
  • ISBN-13: 978-4003380413
  • 発売日: 1960/5/25
  • 商品の寸法: 14.8 x 10.6 x 1.4 cm
  • おすすめ度: 5つ星のうち 4.3  レビューをすべて見る (7件のカスタマーレビュー)
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19 人中、18人の方が、「このレビューが参考になった」と投票しています。
観想生活 2009/10/15
By romarin 殿堂入りレビュアー トップ500レビュアー VINE™ メンバー
聖書に次いでよく読まれた書物であるといわれるドイツの修道士トマス・ア・ケンピス著『De imitatione Christi』の邦訳。
全体は4部に分かれ、かつそれぞれが多くの章に細かく分かれており、総計100章以上ある。各章にタイトルが付いているので、
章全体の内容を把握してから読むことができる。途中から信徒とキリストとの対話形式となり、キリスト者としての身の処し方が論じられる。
とにかく本書を通じて強調されていることは、世俗的なものに固執せず、ただひたすらに謙遜して身を低め、
自分自身さえ捨て去って苦難や非難にも耐え、ひたすらに神を求めるべきことである。人間である自らの弱さ、もろさ、
罪深さをよく認識して、人に悪く言われようと軽蔑されようと謹んで耐え忍び、何か手柄などたてても自分の功績とはしない。
まったき真理であり常に公正である神を信じ、信仰に帰依し、人知を超えた難解な問題に対する深い知識を無理に得ようとはしない。
本書はそのような生き方を切々と説く。当時のキリスト教信仰や修道院生活の手引き書でもあるが、現代の自己啓発本的にも機能したかもしれない。
人生は儚いものであり、明日があるとは限らない。すぐに頑張らなければならないのである。また、死後の幸福を考えるならば、
現世のことは取るに足らないし、世評など何の関係があろうか、というスタンスが貫かれている。
活字はやや小さいが、訳文は内容のわりに難解でなく読みやすく、聖書が引用された場合(非常に多数)は該当箇所が記されている。
巻末にはごく簡単な紹介(著者の生涯や、翻訳にあたって気をつかった事など)が付されている。
このレビューは参考になりましたか?
18 人中、17人の方が、「このレビューが参考になった」と投票しています。
By ぼぼ
岩波文庫版は日本語が古いのが欠点。
新訳もあります。21世紀なので岩波の人はそろそろ新しい人の訳に差し替えてもいいのでは?
買われるつもりのある人は、他の訳も検索してみてください。
1960年の訳なのでそれほど古くないのですが、訳者の大沢章さんより、
校正者の呉茂一さんが19世紀生まれの人なのでその日本語に少し問題がある気がする。

後記で呉さんは、一般の読者を想定して「出来る限り読みやすくする」ことを目標にして校正したことをおっしゃってるが、
読み方を工夫して簡単にされたはずの部分が逆に明治的で読みにくい。
「食いしん坊」を「食心坊」とか、「医者としての神」を表す場合、「医者」と書いて「くすし」とルビを振るとか、
「癒す」の代わりに「医やす」とか、「純らかな」と書いて「きよらかな」と読ませるとか、「損めた」で「おとしめた(貶めた)」と
読ませるとか、漱石の時代のような超絶的当て字がいっぱいある。
大沢章さんの日本語というより、呉訳の「イリアス」「オデュッセイア」とか読んだ時と同じいやな読後感がある。
私は若い頃から呉茂一さんの日本語と相性が悪いのか、
「ぼそぼそと味気の無いパンを水無しで詰め込まれるような息の詰まる翻訳日本語」に感じる。
逆にこだわって訳の硬さが残してあるなという部分(恐らくそれが大沢章さんの「地の部分」だと思うのだが)は
そこまで読みづらい感じはない。
呉先生は古典専門の大先生なので、校正をお願いした手前、出てきたスタイルにはなんの注文も出せなかったのだろうと邪推する。

ケンピスの原文のラテン語は、祈りが言葉になったような、読んでいるうちに頭の中が晴れ、心が清らかになるような不思議な作用がある
文章なのだが、その「清洌さ」が本書をキリスト教文化圏で聖書に次ぐ副読書にした理由であろうかと思う。
この訳にはその「日本人だと神社にでも行ってきたような清々しさ」が無い。
「モコモコして頭の中に意味が通りにくく息が詰まる」感がある。
善後策としれ、幸い一章ずつ短い章に分かれてるのでタイトルごとにまとまった意味を頭に入れながら、一章ずつを
自分の心の中での「黙祷による長い祈祷」のように祈りながら読み上げると読み易いと思う。
また、そのように「みずからの心を浄める祈り」として読むことがクリスチャンにとってのこの書の本来の使い方であろう。

内容について。
本書は4巻に分かれるが、書かれた時期やスタイルが違う。
第1巻と第2巻が理論的な書き方になってあり、第3巻と第4巻は「キリストとの対話形式」になってある。
第1巻は、パウロ主義的な肉に対する「霊の生活」を強調したキリスト教一般に関する「霊の生活に役立つ戒め」
第2巻は、より修道院的な生活に特化した「内なることに関する勧め」である。外面の生活より内面の生活への傾斜が説かれる。
この2巻は1410年、1411年と連続した期間に書かれスタイルも共通した部分が多い。

第3巻はその3年後の1414年に書かれたと推定され、「内面的な慰めについて」とされるがこれは先に述べたように
キリストとの対話形式であり、内容的には、修道院生活の中の対人面や忍耐など、より個別的な
修道院での社会生活での辛いことや軋轢に関する戒めが多い。だからこそ「内面の慰め」なのである。
第3巻だけで独立した作品のような読み方も出来る。
おおまかに言えば、第1巻がキリスト教概論、第2巻が修道院生活概論、第3巻が修道院生活各論である。

第4巻は27年後の1441年の書かれ、これは外面の祭礼(秘跡)について書かれずいぶん毛色が違う。
特に秘跡の中でも聖体拝受であるユーカリストの祭儀についての内心的な心構えと祈りが書かれている。
スタイルは第3巻と同じくキリストとの対話形式である。

第1-3巻までが徹頭徹尾「外面の生活から内面の生活における神の愛へ」という内側への指向に深化するのに対して、第4巻の関心は
外面の祭儀である秘跡に向けられている。
この構成は中世の神学部での基本的な主要テキストであったペトルス・ロンバルドゥスの「命題集」の4巻目が主にサクラメントに
関する題材になっていたのとも関係があるかもしれない。

忙しい人やラテン語で精読するためにたくさん読めない人は、まず1巻と2巻を重点的に読むと良いと思う。
3巻はスタイルを変えた2巻の続編であり、4巻は同作者の時期を変えた独立した本であると考えると内実に沿いやすい。
このレビューは参考になりましたか?
29 人中、25人の方が、「このレビューが参考になった」と投票しています。
By 大絶画 トップ500レビュアー
 私たちはキリストになることはけっしてできない。しかし敬虔なキリスト信徒として生きることはできる。
 本書は平易な言葉で書かれておりキリスト教に関する教養・知識がなくても読み通すことができます。
 敬虔な生き方がどういうものか実感できるはずです。
 宗教・文化を問わずすべての人に読んでほしい一冊です。
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