30年以上経過した現在でもベトナム戦争の生々しい記憶を呼び起こすことが出来るのは、本書に登場する人物達の生死をかけた生き様や作品に負うところが少なくない。著者は1965年から終戦までという例外的に長い期間を現地に滞在した生き証人の一人。本書は、カメラマンの観察眼を通して、他の時代の証人達の生きた姿を時代を超えて生々しく情感豊かに再現してくれる。
ベトナム戦争の全貌を理解することは容易ではない。最後のサイゴン陥落への急襲を除いて「前線」が存在しなかったことがひとつ、隣国を含む広域で戦闘が繰り返されたことがひとつ、米軍の本格介入以後に絞っても10年という長きに渡ったことがひとつ。本書のおかげで、ばらばらにちらばった記憶の点と点が時間・空間でつながり、血を通うようになる。その意味で、本書はベトナム戦争を理解する上で非常に役に立つ一冊になるかと思う。
一人一人の物語で章立てが出来ているために厳密に期間を区切ることは難しいが、大体において、上巻は著者がベトナムに渡った1965年から1970年ごろまで、下巻は1970年から終戦の1975年をカバーしていると考えてよい。どの章も物語として読者をぐいぐい引き込む力があるが、上巻のハイライトのひとつは沢田教一との出会いと最期を描いた第11章ではないだろうか。日本人としては沢田教一の写真なくしてベトナム戦争を語れない。下巻では、間違いなく 80ページ以上を割いた第21章「悲劇 テリーとサムの話」であろう。この章の一文一文は胸に迫る。
登場人物達が撮った写真も数多く掲載されているが、多くの登場人物たちの作品を集めた「レクイエム−ヴェトナム・カンボジア・ラオスの戦場に散った報道カメラマン遺作集」を参照しながら本書を読むと、印象はさらに強烈なものとなる。高価な本ではあるが「レクイエム」と対で読むことをお勧めする。
それにしても本書に登場する当時の日本人の意志力に満ちた表情は人を動かすものがある。