ミステリーを中心とした書評。「ケンカを売る」という,あまり上品ではないタイトルは,以下の3点を含意している。
1. 正統派の書評ではない:文学的観点からではなく,描かれている事実や登場人物の行動のリアリティの有無という一点から評価している。
2. マジメでない:あまり深く作品を読み込んだりはしない。言ってみれば,作品の「あら探し」が主目的である。
3. 勝敗がある:上記のあら探しがうまくいけば,著者(キムラ弁護士)の勝ち,そうでなければ“完敗”となる。
本書は「ミステリー篇」「恋愛・家族小説篇」「ロングセラー・ベストセラー篇」の3部構成だが,上記の点を踏まえて読むと,ミステリー篇はそれなりに楽しく読むことができる。捜査や刑事裁判の実情をよく知る弁護士による指摘は,実際に役立つだけでなく,書評としても十分に機能しているのではないだろうか。本書ではたとえば,『半落ち』が酷評されているが,作者の横山秀夫は,リアリティのある警察小説という評価を受けてきた人なのである。
しかし,ミステリー以外の書評となるとパッとしない。エッセイというか感想文の域を出ていないという印象だ。『
キャッチャー・イン・ザ・ライ』をコテンパンに叩く(ように読める)一方で,『愛の流刑地』や『ダ・ヴィンチ・コード』(本書ではミステリーに分類)を絶賛する態度は,もちろんそれだけで悪いということにはならないものの,もっと説得力のある論述が欲しいところだ。
ネタバレには一応の配慮はされているものの,ミステリーの中には真犯人をイニシャルで記しているようなものもあり(意味無いじゃん!)要注意である。評価の対象となっているのは以下の作品である。
【ミステリー篇】
高村薫『マークスの山』/横山秀夫『半落ち』/レジナルド・ローズ『十二人の怒れる男』/姉小路祐『司法改革』/レイモンド・チャンドラー『長いお別れ』/森村誠一『人間の証明』/松本清張『黒革の手帖』/内田康夫『死者の木霊』/ダン・ブラウン『ダ・ヴィンチ・コード』/夏樹静子『量刑』/エラリー・クイーン『Xの悲劇』/横溝正史『犬神家の一族』/アガサ・クリスティ『そして誰もいなくなった』『オリエント急行の殺人』/薬丸岳『天使のナイフ』/海堂尊『チーム・バチスタの栄光』/岡嶋二人『99%の誘拐』/東野圭吾『容疑者Xの献身』/宮部みゆき『名もなき毒』
【恋愛・家族小説篇】
江國香織+辻仁成『冷静と情熱のあいだ』/J・D・サリンジャー『キャッチャー・イン・ザ・ライ』/重松清『流星ワゴン』/キム・ウニ+ユン・ウンギョン『冬のソナタ』/市川拓司『いま,会いにゆきます』/渡辺淳一『愛の流刑地』/小池真理子『欲望』/中山可穂『白い薔薇の淵まで』/奥野修司『心にナイフをしのばせて』(※ノンフィクション)
【ロングセラー・ベストセラー篇】
村上春樹『海辺のカフカ』/柴田錬三郎『運命峠』/K・グリムウッド『リプレイ』/山田風太郎『甲賀忍法帖』/川端康成『伊豆の踊子』/水上勉『越前竹人形』『雁の寺』『五番町夕霧楼』/ロバート・A・ハインライン『夏への扉』/荻原浩『明日の記憶』/島崎藤村『新生』
本書の評価とはあまり関係がないが,本書の中での法律論について,以下2点ほどコメント。
その1。『
犬神家の一族』の冒頭部分で示される「犬神佐兵衛の遺言」について,著者はこの遺言が公序良俗に反して無効(民法90条)と述べている(p.72)。これは十分成り立つ解釈だし,そう信じている人も多いと思うが,実は有効と解釈する余地もある(窪田充見『
家族法 民法を学ぶ』)。
その2。『
そして誰もいなくなった』は,孤島に呼び集められた互いに面識のない10人が,次々と殺されていくという推理小説の古典である。著者は,被害者が身を守るためには他の全員を銃殺すればよいとスゴいことを言う。銃殺された者のなかに真犯人がいれば,彼(女)に対しては正当防衛が,その他の無実の犠牲者に対しては緊急避難が成立するというわけだ(p.78)。
しかし,正当防衛(刑法36条1項)についてはともかく,緊急避難についてはどうだろうか。人命を奪うことがこの条項で正当化できるかは措くとしても,自分1人の生命を救うために無関係な複数人を殺害することが「生じた害が避けようとした害の程度を超えなかった場合」(37条1項)に当たるのかは,かなり疑問だ。しかも著者は,(犯人を含む)犠牲者たちが互いに監視をすることで「そして誰もいなくな」る状況を回避できる(から欠陥小説だ)と述べているのであるから,補充性の要件(「やむを得ずにした行為」)も充たさないのでは?
本書の続編として,『
キムラ弁護士、小説と闘う』が,類書として森炎『
あなたが裁く!「罪と罰」」から「1Q84」まで』がある。