■「『むしゃむしゃ、ごくごく』殺人事件」
恋人が戦死し、次の恋人は従妹に奪われたため、
この世に絶望した女優のエリザベス・スキナー。
それ以後、彼女は自宅から一歩も出ず、ひたすら食べ続けるという
引きこもり生活を何と五十年間続け、体重は400ポンドになるまで
太ってしまった。
そんな彼女が自宅で毒殺されてしまう。
空いた料理の皿から青酸カリが検出されたのだが、検死解剖
の結果、エリザベスの胃の中は空っぽだったことが判明して……。
他者を拒絶していたはずのエリザベスが、自宅の扉
をなぜ自ら開けたのか、というホワイダニットが主眼。
“夢幻の世界”に閉じ籠っていたエリザベスの心に狡猾につけ入った犯人でしたが、
エリザベスの乙女心までは読み切れず、犯行が破綻してしまうという展開が秀逸。
■「カバは忘れない」
リヴィングストン動物園の園長・リヴィングストン氏が、何者かに殺害される。
不可解なのは、彼が自分の部屋に入れていた愛玩カバまでが殺されていたこと。
キッドたちは、園長が書き遺した「H」に見える
ダイイング・メッセージについて検討するのだが……。
ご多分に洩れず、ダイイング・メッセージ解読の議論は非論理的ですが、
メッセージが通常とは逆ベクトルであるというのはなかなか面白いです。
■「曲がった犯罪」
《曲がった男》と称されていたゴム製造会社社長のフェントンが、
コンセプチュアル・アートの新鋭リチャード・マットのアトリエ
《曲がった家》で石膏で固められた死体となって発見された。
その上、フェントンに《曲がった猫》を
売ったペットショップの店主まで殺され……。
童謡に描かれている全ての〈曲がった〉要素を
プロットに嵌め込んだ本作(一か所だけ例外)。
犯人が作中で展開する芸術論が、ある人物に罪を被せる罠になっているのが
秀逸ですし、それによって芸術に携わる人間たちの、浅ましい虚栄心を浮き
彫りにしているのが素晴らしいです。
そして何といっても、本作のコンセプトである〈曲がった〉を見事に
体現した、犯人特定の決め手となる手がかりが実に印象的です
(あと、犯人が構成したアリバイが、ある偶発的要因で崩れる所も)。
■「パンキー・レゲエ殺人(マーダー)」
レゲエのカリスマであるバスター・ソロモンが、
密室状況のコテージで死体となって発見される。
バスターのバンド仲間の一人も殺害されており、二人の死体には、
マザーグースにもとづく“赤ニシン”と“熊”の見立てが施されていた。
事件の背後には、ジャマイカの政治闘争や、バスターを巡って対立する音楽関係者、
さらには麻薬の売人などの不穏な要素がひしめき合い、混沌とした様相を呈している。
キッドは“赤ニシン”の罠をかいくぐり、真相を掴むことができるのか?
(広義の)ダイイング・メッセージの処理が恣意的なのが難点ですが、
その手がかりを、キッドが気づく際の演出は、なかなか冴えています。
バスターの魂ともいえるドレッドロックスが
切り取られているという状況設定も巧みです。