著者の旧著に「ガウスの遺産と後継者達―ドイツ数学史の構想―」海鳴社1990という書物がある。その中で著者は、「19世紀のドイツ数論にはガウスのべき剰余相互法則究明の試みを等しく源泉とする2つの流れが存在している。その一つは19世紀全体を通じて発展を遂げ、20世紀の類体論にまで到達した。もう一つの流れの方はクロネッカー以降中断したままになっている。だが、この中断している流れこそがガウスの企図を受け継ぐ本流なのだ」、という主張を込めた近代数学史論の一つのプログラムを述べている。これを著者は「ドイツ数学史」と呼ぶ。この構想が世に出たのは、1988年の現代数学史研究会に於いてであった。
それから20有余年の研究期間を経て、著者は壮大なオペラの幕を上げる決断をしたようだ。本書はこの「ドイツ数学史」の第1幕に位置づけられる書物である。先に出版された「無限解析のはじまり−わたしのオイラー−」筑摩学芸文庫2009は、さしずめこのオペラの序曲と言うことができよう。
本書では、ガウスによる、平方剰余に始まるべき剰余相互法則の追及がどのように為されていったのかが、原典に基づいて詳しく解説されている。上記の言葉を援用するならば、「ドイツ数学史」の源流が正に流れ出さんとする様子が、手に取るように解るのである。特に「5 4次剰余の理論」を読むと、ガウスの4次のべき剰余相互法則の定式化を行うに当たっての苦闘が大変良く理解できよう。代数的整数論の教科書では詳しく述べられることの無い、何故ガウスが有理整数からガウス整数へと飛翔しなければならなかったかが、4次の相互法則の追及を梃にしながら、明快に示されていていて大変に面白い。そればかりでなく、本書は「ドイツ数学史」全体を貫くモチーフを読者に提示している書物でもあるので、どうか隅々まで精読して頂きたいと思う。
さて、物語の第2幕以降はどのように続いて行くのだろうか。プログラムの内容を踏まえて推測すると、アーベル、ヤコビ、ガロア、クンマー、アイゼンシュタイン、クロネッカー、リーマン、ヒルベルト、高木貞治(そして岡潔)という登場人物が考えられよう。何れにせよ、これらの大数学者達の数論だけに限っても膨大な業績を、「情的共感」を保ちながら、本書と同じレベルで著述して行く事は大変な労力と時間を要する困難な作業であるに違いない。
この壮大な企図が無事大団円を迎えられることを、評者は心から祈念している(”Je n'ai pas le temps.”と呟くことにならないようにと…)。