帯の表記には複雑系理論の「本格的入門書」とあるが、全くの初心者にはやや難しいだろう。むしろ、すでに何か啓蒙的書物を読んで興味を惹かれ、もっと複雑系を知りたいと思う人や、「複雑系科学ってすごいけど、全部信じてしまっていいの? 問題はないの?」と感じている人にこそ、本書は最適な(良)書だ。
著者は最前線の研究者だが、自らの専門(のみ)を絶対化せず、より広い視野を持とうとする。前書きでは、サイバネティクスやシステム科学等の後続として複雑系科学が登場したと触れるが、本文の最後では前者に何が足りなかったかが(著者の視点から)記される。つまり、進展著しく見える複雑系科学も、前者の抱えた問題を同じように孕み、その克服こそが今後に向けた最重要な課題であると(著者は)考えるのだ。複雑系科学の適用された幅広い学問分野と、各分野の辿った歩みへの関心―この空間的・歴史的に広域まで届く視野なくして、課題克服は難しいと(著者は)思っているはずだ。
そんな(博識で洞察力のある)著者により、読者は複雑系科学が成し遂げた(遂げつつある)驚きの成果や、それにも拘わらず(そうだからこそ)立ちはだかる多様で興味深い課題の概要を(贔屓目なく)案内され、さらに遠出したければ、巻末には豊富な参考文献も付く(索引や訳者の丁寧な註もありがたい)のだ。何とも行き届いている。
「遺伝的アルゴリズムを用いて自動的にセル・オートマトンのルールを設計する」という章がある(11章)。著者の研究領域だ。この言葉だけで敷居が高いが、読めばだいたいは分かる(分からせてくれる著者に感謝!)。これで設計されたものを計算機で実行しプリントアウトした図は、それだけ眺めてもプログラムが一体何をしているのかが(読者ではなく、著者にも)分からない。ところが、これを粒子(素粒子)の衝突図としてみると、私達にも理解出来る明確な規則性が突然浮上する! 元の課題は粒子等には何の関係もなかったにも拘わらず、なのだ。
では、ここでの“粒子”とは一体何か? もしかしたら、(拡張された)粒子性とは私たちの世界の(隠れた)成り立ちを明らかにする本質性を持つかもしれないのだ。では、その拡張とはどうなされればいいのか? 著者はこうして、“粒子”だけでなく“情報”や“計算”やら、はたまた未だ捕捉されない言葉(概念)等の拡張を志し、ここから複雑系科学を真に記述する言語が生まれると考える。これこそが、サイバネ等の先達の理論が成し遂げられなかった、複雑系科学・一般原理(包括的な説明理論)への途なのだ。
こうして、何とも志高き場所へと本書(著者)は誘う。若ければ(学生の読者は)、その誘いに乗る価値は十分ありそうだが。