「カーブボール」とは米英諜報当局から「ドイツ国内に入国した一人のイラク人亡命者」につけられたコードネーム。まことに象徴的で奥深いタイトル。一言で言うと「クセ玉」なのであるが、これがまたこのイラク人亡命者の実態と見事に符合する。
イラク戦争開始当時、イラクには「大量破壊兵器」は存在しなかった。ただこれだけのことが事実として認められるまでに米国やドイツが陥った誤謬の連鎖と解決までの徒労の数々は、時間と空間・分野を越えて人類共通の教訓を伝えてくれる。「カーブボール」の正体を諜報の基本に忠実に解明しておけば、イラク戦争の泥沼のほとんどは回避できたはずなのだから。とはいえ、これは結果論。
筆者による解明のプロセスを語る筆は明晰かつ緻密で息詰まるほどであり、これをユーモアで中和することも忘れないのは見事。ドイツと米国の諜報機関の虚々実々の主導権争い、米国内のCIAをはじめとする情報機関の権威主義と体面重視と責任のなすり合いの生臭さは呆れるのを通り越して笑えてくるほど。「事実は小説よりも奇なり」の好例。名コラムニスト山本夏彦氏の言葉、「《理解》は《願望》である」が名言であることを実感させる。
これに似た例は、日露戦争時に多数の帝国陸軍兵士にみられた奇病「脚気」への誤解(伝染病説)の発生と拡大に見られる。「陸軍」と「海軍」の「主導権争い」、天皇を頂点とした組織の硬直性、海軍の麦飯食による「ビタミンB1欠乏症の解決」を認めない陸軍組織の権威主義・頑迷さと奇妙に相似する。小生は本書により「率直であること」「組織の風通しの大切さ」を改めて痛感した次第。広く江湖に推すべき名著である。