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著者は、後期近代と呼ばれる現代社会が、日常化した祝祭を駆動原理にし始めているのではないかとの認識から、近代の自己像とは異なったモデルを探る。
こうして第1章では、フリーターやニートの言及する「やりたいこと」が、空疎な内容であることを前提として、自己をして(比喩的な)躁鬱状態を行き来させていることを論じる。第2章では、こうした自己を可能にさせるのが、データベース等のテクノロジーを前提とした自己監視社会状況であり、そこで自己は感性(躁病)と(外化された)知性(鬱病)の間を行き来することが可能になると論じる。第3章では、こうした監視状況を本質とする自己は、近代的なI-me構造を弱体化させ、いわばme-me構造の再帰化をしていることを携帯電話等を事例に論じる。こうして終章では、こうした自己が「本当にやりたいこと」を無限に後退させながら、瞬発的に盛り上がる共同性が、カーニヴァル(祝祭)となり、それは現在、政治・経済化さえしているのではないか、と論じるので表題通りの「カーニヴァル化する社会」となる訳である。
おそらく本書が読みにくい一因は、それがネット連載記事を纏めた点にあろう。連載では、テーマを分けて、毎回1つの話題を1人の研究者や1つの概念で論じる事が読みやすさに繋がるが、書籍では線が細く論旨が定まらない印象を与えかねない側面がある。また現代社会論がクリティカルな一理由は、その分析が自らに切っ先を突きつけるような行為になるからなのだが、その意味ではここでのIの弱体化した構造が、本書の章毎の関連性の弱さの自己言及になっているかのようで残念な印象を残した。ただ、ポストモダン論と再帰的近代論では、後期近代の解釈準拠枠が異なるので、その争点も明確にすれば、今後の可能性がより明確になるのではなかろうか。
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