元大統領ジミー・カーター氏が2006年に出版した『Palestine: Peace Not Apartheid』の邦訳。氏がジョージア州知事時代から今日に至るまで幾度も足を運んだパレスチナに和平をもたらすにはどうすべきなのか、これまでの歴史を振り返りながら綴った書です。
出版直後、アメリカで大変な物議をかもしたという書ですが、日本人読者である私が読む限り、書かれている内容がそれほど過激なものであるとは思えません。イスラエル政府によるパレスチナ人への圧政も、日本の新聞やテレビで報じられてきたもので、とりたてて目新しいものではないのです。
しかしアメリカ人読者の、しかもイスラエル寄りの読者にしてみればこれは許しがたい内容だったようです。
ひとつには、そもそもイスラエルの対パレスチナ政策についてはアメリカでは日本ほど報道されていないのが理由なのだとか。メディアにとってもタブー視されているようです。
またカーター氏以外の歴代大統領がやはりイスラエルの対パレスチナ政策については、奥歯に物のはさまった言い方しかしてこなかった中で、ホワイトハウスを離れて早30年とはいえ元大統領が、はっきりとした口調でイスラエル批判をしているということが、ユダヤロビーには許せなかったようです。
そもそもイスラエルの対パレスチナ政策を、南アフリカで白人が黒人を支配と隔離した政策「アパルトヘイト」になぞらえていますし、ヨルダン川西岸地区の隔離壁建設をベルリンの壁以上に悪いと非難しているのです。そのどちらもが今や人類の大きな過ちとして歴史に名を刻んでいるのですから。
しかし一方で、大統領に選ばれる際にダークホースとして登場したためにユダヤロビーの支援を頼みとする時間がなかったカーター氏だからこそ、こうした歯に衣着せぬ発言が出来るというわけです。
すでにひ孫もいる90歳近い年齢の氏が、大統領職に在ったとき以上に幅広く国際問題にコミットしている姿は大変頼もしく感じられる一冊です。
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翻訳は残念ながら大変読みにくいものです。
バタ臭くて直訳のような日本語文が続くので、読み返さなければ意味を汲み取りにくいということが幾度もありました。こなれた感じがしない、外国語のような日本語が随分あります。例えば以下のような表現です。
「脆い理解を支えるもの」(26頁)
「強力な努力」(153頁)
「行きすぎた攻撃奨励」(207頁)
さらに表記の誤りがいくつかありました。
「会える保障がない」(196頁)は「保証がない」とするべき。
「キャスティングボードを握る」(219頁)は、「キャスティングボート」の誤り。
「アーカンサス大学」(230頁)は「アーカンソー大学」の誤り。Arkansasと書きますが、アーカンソーと発音します。