何かと何かがぶつかれば、そこには摩擦やら、軋轢やらが起こる。ヘタをしたらミサイルだって落ちてくるような世の中だ。この作品が、何かがぶつかりあった音であることは間違いない。だけど、ぶつかるということは、実にポジティブなことなのだと彼等の音は鳴っている。ソウル・フラワー・ユニオン(以下、SFU)史上最もストレートかつ、ポップな作品と呼んでしまっていいだろう。伸びやかに広がる音と言葉が、すぐそこまで届いてくる。
3年振りの新作”カンデ・ディアスポラ”。この3年間の活動の充実がここまで伝わってくる素晴らしい仕上がりだ。この3年間、彼らは、パレスチナ難民キャンプで演奏会を催したり、辺野古の基地移設問題に反対する『ピース・ミュージック・フェスタ』を主宰したりと、辺境を飛び回っていた。そんな彼らが起こした摩擦熱が、見事に音に鳴っている。全15曲、74分収録と気合も十分な内容である。
リリースまでの1年半、3枚のマキシ・シングルをリリースした彼等だが、これだけコンスタントにリリースを重ねる(しかもシングル盤を)というのはこれまでにないパターン。各作品には新曲+ライブ音源が6-7曲詰められており、実に充実した内容だった。そんなリリース・スケジュールに「聞かせたい歌があるからちょっと聞いてや」とバンドの力の抜けた具合を感じていたが、その推測もあながち間違っていないと今作を聞き確信している。
そんな力の抜け具合が、実に端的に鳴っているのが、冒頭を飾る『ムーンライト・ファンファーレ』のイントロに鳴る三線の音。これまでだったら、気張ってフューチャーされていた音が、自然に楽曲の中に溶け込んでいる。思い切り沖縄民謡な『辺野古節』が、このフォーマットのバンドの作品に自然に同居する様は本当に凄い。様々な音楽のエッセンスを持ちつつも結果として音楽しか鳴っていなという今作の音に、SFUジャンル分け不要説が完結した感がある。中川敬(Vo&G)の言葉にしてもそうだ。目線は完全に我等と一緒。「おっぱい」なんて言葉を声高々と唄うキャラじゃなかった。弱者やら、世界の不条理にスポットを当てる彼等の結論として、「生きていくのだ」という明快な解答を歌として届けることの意義が、これまでになく伝わってくる。歌を歌えば、ちょっとだけ幸せになれる。そんなことを改めて思い出させる強さが作品全体を包んでいる。
歌が流れる時、それを受取る側との間には空間が出来上がる。受け手の感情が揺れるということはそういうことだ。SFUはそれを地できたバンド。そこからの広がりが彼等の最大の強みだとすれば、今作は新たな繋がりを作り上げるにふさわしい作品だ。中川の歌声は、自分の中に存在している「うた」を呼び覚ましてくれる。それは新しい「うた」を作り出す可能性を秘めているのだ。”カンデ・ディアスポラ”(解放された唄)の続きはまだまだこれから。そんな希望に満ちた摩擦熱を起こす傑作だ。