このDVDは、カルロス・クライバーのリハーサル風景、演奏等の映像をはさみながら、彼と関係のあった、P・ドミンゴ、B・ファスベンター、M・ギーレン、O・シェンク、V,クライバー、Aベルナー等が色々感想を述べ、彼の人生を浮かびあがらせようとしたTVドキュメンタリィー番組です。
彼は1930年生まれ。父、エーリッヒはユダヤ人ではなかったが、母親がユダヤ系であった為、独を離れ、1942年アルゼンチンへ移住(エーリッヒはコロン劇場の指揮者として赴任、当時アルゼンチンは、南米で凄く繁栄していた。)、彼は、思春期の多感な時期を当地ですごします。彼は、小さい時から、言葉少なく、神経質で母親は、この子は長生きできないと思っていたらしい。父は、カルロスが指揮をしたいと言っていたにも拘らず、彼をチューリッヒの化学学校へ行かせます。しかし、彼は父の意向に従わず、指揮の道に進みます。(父は、友人には、息子は、私には無い才能がある、それは認めてやらねばいけないと言っていたようです。)また、彼はインタヴューが大嫌いでしたが、何故かリハーサルのフィルムは残っています。彼の指揮は、華麗で、腕や手の動きが独特な雰囲気を醸し出し、踊るようで、動きもしなやかで、静〜動への切り替えも凄くうまかった。実際彼は、鏡の前で、できるだけ美しく見えるよういつも練習していたようです。また、彼は、父のスコアーの残っている物(一説には書き込みのある物)か父親の録音のある物で、自分の得意分野で、100%確立している物しか、指揮しませんでした。そして、始めて知ったんですが、バーンスタインと親交があり、彼と握手した写真を自慢していました。また、楽団員との折り合いも悪くなく、団員の気を引く為、編棒やテニスボールを使って指揮をしたらしい(見てみたい!)そして意外だったのが、父親と同様カラヤンを尊敬していたらしい事(カラヤンとはDGの指揮者で録音、リハーサルで面識があったらしい)、また、カラヤンの死後ザルツブルグへ行く時は行きも返りもカラヤンの墓参りに行っていた事。しかし、O・シェンクは、私が見ていると2人の関係はサゾマゾ的に見えて、普通は、尊敬と呼ぶべきでしょうが、会話に尊敬という言葉はなかったと微妙な関係だった事を仄めかしています。そして、彼は、女にまめで、結構もてていたらしい(その内フルヴェンのように隠し子が現れたりして!)かれは、仕事先で知り合った敬虔なクリスチャンの妻と結婚します。彼女が人生の大きな支えでした。やがて彼は、歳をとり少し太り、動きも鈍くなって自分の思う様に指揮が出来なくなります。また、発病の為、オペラや長いコンサートはできなくなりますが、指揮を完全にやめたのは、自負を満たせなくなったからです。彼は、妻の死により生きていく意義を見いだせなくなり、最後の地スロベニアに死ぬ為にやって来た、そして、最期を迎えた・・・・
私がクライバーを始めて聞いたのは、大学院1回生のときですから、36年位前でしょうか。彼のキャリアからすると驚くほど少ないディスコグラフィーですが、当時ブラームスもまだ出ていなかったと思います。そして、ベートヴェンのsyn・nr・5を聴いたんですが、衝撃を受けました。コンサートも何回か行きましたが、バイエルンと来た時が最後になりました。アンコールでのワルツの優美な指揮は、目に焼き付いて忘れられません。せめて、もう少し録音していてくれたらなと思います。私は、いまカルメンを良く見ています。
DVD を見ていて最後の場面で不覚にも思わずほろっとなってしまいました。彼は、きっと穏やかな自殺を望んだんでしょう・・・