カルロス・クライバーは、20世紀後半の指揮者で最大のカリスマの一人であるにもかかわらず、余りに登場機会が少ないために生きながら伝説となった人である。カラヤンなど同時代のスターと比べて、一般への知名度は遥かに低い。本書は名声を築いたあとの後半生、1976年以降を辿る。
上巻よりも改善しているが、記述にはなお未整理な部分が残る。しかし、彼を知る人が存命のうちに可能な限りの情報を蒐集しておくことは、彼の名を(彼の意に反して)歴史に留めるためには必須であろう。家族への取材が遺言により許されなかったことは正に痛恨事であるが、代わって取材に応じた多数の人々の発言は、多少の矛盾があろうがすべてを生のままで記録しておくことが重要である。著者の解釈が紛れ込んでは情報の価値はかえって減じるのだ。だから些か混沌とした本書の膨大な情報は、その客観性ゆえに、一層の価値をもって後世の評価に委ねられることとなろう。本書でも上巻同様、限りない賛美の嵐が描かれるが(批判は薬味程度でしかない)、これは著者の信仰告白として取材情報から明らかに区別できるから、情報源としての本書の価値は変わらないと思う。
なお私は芸術家とて人格を無視してよいとは思わない。その点でクライバーの性格はかなり問題である。子どもじみた気まぐれ、わがまま。周囲がまた腫れ物に触るように扱うから益々昂進する。社会人としては失格である。しかし、幼少時の教育環境、生涯消えなかった父へのコンプレックス、音楽への完全主義を考えると、彼の場合その天才ゆえに、彼だけはそれが許されたのかもしれないと思う。なぜなら彼はもはや人ではなく、神であったから。神は理不尽なものなのだから。
翻訳は読みやすいが、言語使用域が不揃いで時に下品な単語が混じる点、過去形ばかりが延々と続く部分がある点など、日本語に対する感性の不足を感じることがままあった。