今や日本マンガ界の重鎮(?)となった里中満智子さんが、日本人に特によく知られた名作オペラをマンガ化したシリーズ(の文庫版)です。
私自身は、里中先生の熱心なファンというわけでもなく、かと言って特に否定的な気持ちもなく、本当に単純にオペラのマンガ化作品としてどうか?という観点でレビューを書いてみます。
「カルメン」、「トリスタンとイゾルデ」、「サムソンとデリラ」の3作品が収められていますが、読後の正直な感想は「物足りない、不完全燃焼・・・!」という感じでした。「カルメン」は、まあ及第点という印象なのですが、自由奔放で男を虜にする「魔性の女」のイメージが日本で定着しているだけに、描きやすかったということもあるでしょう。
個人的に一番残念だったのは「トリスタンとイゾルデ」です。このワーグナーの傑作オペラを本気でマンガ化しようとしたら、半端ない覚悟が必要なのだと改めて思います。ストーリーやセリフはオペラの台本に忠実に描かれているし、衣装や小道具、背景なども先生なりに工夫して描かれたと思うのだけれど、肝心の登場人物の表情がどの場面でも一本調子に感じられ、この壮大な悲恋物語の根幹とも言うべき「恋愛のエクスタシー」が伝わってこない・・・。実際、このオペラがもたらす高揚感、激情、死のカタルシス、そういったものをマンガで表すのは、とても難しいと思います。
もともと「天上の虹」などで拝見する里中先生の絵は、キャラ達の表情がいま一つ単調、変化に乏しい、という印象は個人的に持っていたのですが・・・。また、さらに言えば、イゾルデが「絶世の美女」には見えず、トリスタンも、イケメンには描かれてるけれど「高貴な勇士」という雰囲気が出せていないと感じます。普通のイケメンの若者、という感じ? イゾルデの夫になるマルケ王も、老王としての威厳が感じられない・・・。私自身、この作品がオペラの中で一番好きで思い入れが強いから、色々思ってしまうのかもしれません。(同シリーズの他の作品も読んでみたら、また違う感想があるでしょうが)
里中先生のファンの方にはごめんなさい、という感じですが、あくまで私見なので・・・。人それぞれ、色々な評価があるでしょう。そのオペラの大体の筋を知りたい、という入門編としては問題ないと思います。私のように妙に強い思い入れがなければ、普通に楽しめると思います。オペラの名作をマンガにするという取り組みに果敢に挑戦なさった姿勢、そして今も様々なジャンルの文学のマンガ化に取り組んでおられる熱意には、敬意を表したいと思います。