日常を丹念に描くことで定評がある原恵一監督らしく、魂や天使という部分を除けば、ごく普通の家庭とごく普通の学校生活の中、揺れ動く思春期の少年の心情が、繊細なタッチでスケッチされています。
冒頭は“ぼく”の声が聞こえず、プラプラとのやりとりが、字幕で表されるのが上手い。何しろ、やる気がないのだ、この“ぼく”は。せっかく現世に戻るチャンスをくれるというのに「なんかめんどくさいし…」などと言って、ちっとも張り合いがない。“ぼく”は、生き返ることに消極的なんですね。
だがそんな“ぼく”も、幸せそうに見えた真の家庭環境の本当の姿を知り驚く。弱気な父を軽蔑し、不倫に走った母を嫌悪し、意地悪な兄とは口もきかない真。真自身はといえば、成績は最低だし、友達は1人もいない。唯一の関心は、絵を描くことだけという、どうしようもない少年だったのだ。
しかも、好意を抱いていた後輩のヒロカは、なんと援助交際をしていた。これでは絶望して死にたくなるのも無理ないな...、と思ったところで、早乙女くんという友達ができます。『起承転結』でいうところの、『転』が上手く効いている。彼との係わりが“ぼく”をどんどんポジティブに変化させていくんですね。
早乙女くんは真同様に冴えないヤツだが、とことん優しく人がいい。自分をちゃんと見てくれる、たった一人の大切な友達。それがこんなにも少年を前向きに変えるとは。廃線になった電車の路線を訪ねたり、激安の靴屋に入るエピソードなど、何気ないのにグッとくるものばかり。
アニメーションの表現も、まるで本物の写真のような古いモノクロの風景から、2人で見る夕暮れ時の河原まで、温かみのあるシンプルなキャラクターに対し、風景描写は、緻密で目を見張る美しさ。
やがて“ぼく”は、周囲の人々の本当の姿を知り、人は1色ではなくいく通りもの色を持つ存在でいいんだと気付いてゆきます。真が描いた絵は、青空を白馬が駆けるように見えるが、青い海の水面を目指して白馬が泳ぐようでもある。どちらも正解なのだ。答えはひとつではない。
最後にプラプラが明かす“ぼく”の秘密やプラプラ自身の正体には、切ない驚きがありました。天使と一緒に現世をさまよう展開は、フランク・キャプラ監督の名作「素晴らしき哉、人生!」を連想しますが、すべてハッピーエンドに収束するそれとは違い、本作の着地点は、より複雑で曖昧なもので、そこが味わい深いですね。
間違いや不道徳、失意、すべてを受け止め生きていくしかないということであり、同時に、これからいくらでも素晴らしい未来を作ることができるということでもあります。