すでに単行本「カラシニコフ」として出版されたものの文庫化だ。文庫化にあたって、加筆訂正された箇所が膨大なわけでもないから内容に関することは、単行本のレビューを参考にされたほうがいいと思う。
いきなり19歳の「元少女兵」が登場する。そして、「私は3人殺しました」――と。
ここで私は読むのをやめられなくなった。文庫化にあたって再読したが、少なくとも事実関係は最新のものに改訂されており、やはり同じように一気に読み終えてしまった。
本書は、上巻の主な舞台が「アフリカ」である。カラシニコフ(AK47)は、操作性の簡易さから、少年や少女に与えられ、子供達は大人に命令され、あるいはやむを得ず「人を殺す」。本書で問いかけているのは、その是非ではない。「銃によって成立した国家とは、何なのか」ということだと思う。アフリカは今、小さな「国家」がモザイクのように成立している。そして国家の中に複数の民族が存在し、「紛争」が起こる。旧ユーゴスラビアのように。
本書はそれを大仰に批判するでもなく告発するでもなく、しかし賛同もせず、冷たすぎるぐらいの筆致でルポしていく。内戦状態や無政府状態の国家を、本書では「失敗国家」と言う。ただ断罪しているわけではない。「この国ではこういうことが行なわれている…」と淡々と語られていく。
私がこれらの国に対して何ができるわけでもない。だが少なくとも、「知っておくべきだ」と思わせる本である。
この「下巻」(カラシニコフ2) では、舞台が南米、アジアに移る。ここでも銃密売、麻薬……などが描かれる。そこに見え隠れする「大国」の思惑。「非はどちらにあるのか」と問いかけるのではなく、「こういう事実がある。答えは皆さんが考えて欲しい」そう言っている本だ。ただし、暗く重苦しい読後感は残る…。