カラオケが世界中で広まっている状況を報告する本である。その驚くほどの広まりぶりから、カラオケが持つグローバルな魅力が明らかとなり、その受容のされ方の多様性から、カラオケを消費するローカル文化の独自性が強く印象づけられる。カラオケだけをひたすら論じることで、現代の世界文化の一面が鮮明に浮かび上がる、というわけである。
1970年代初頭に井上大祐氏が発明したカラオケの原型(「エイトジューク」)は、急速な技術的変化を遂げながら、わずか数十年のあいだに、アジアの都市部や欧米諸国はおろか、秘境の地チベットや、キリスト教も伝道されずにいたフィリピン北部の少数民族にまで、積極的に受け入れられるに至っている。韓国のように、それを「国技」と認識し国民レベルで熱烈にハマッている国もあれば、東南アジア地域の一部のように、売春(しばし人身売買的な)と密接に結び付きながら定着している所もる。北米では「全裸カラオケ」なるぶっ飛んだパフォーマンスが行なわれ、ブラジルでは人気イベントであるカラオケ競技大会の組織が著しく発達してきている。あるいは、カラオケはときに外国語教育や地域開発のためのツールとして用いられ、またときに、少数民族のナショナリズムの表現媒体や、宗教団体の布教の手段として活用されたりしている。
いずれにせよ、カラオケが、心地よい音楽にのせて声を発するという根源的な喜びを享受するための時間と、複数の人に自分の歌を聴いてもらうという、少し恥ずかしいけれどそれ以上の自己肯定感をもたらしてくれる機械を与えてくれるからこそ、これだけ世界を席巻するにいたったことは、間違いない。このようなエゴを加速するはずの機械が、「礼儀正しさが何よりも重視され、慎ましさが美徳と見なされる文化」すなわち日本において創造された、というのも、文化の複雑さを考えさせてくれて、おもしろい。