異様な魅力にみちた本だ。ぼくは音楽家・高橋悠治の活動をほとんど知らないのだが、彼が「メモ・ランダム」として書いたこの本は現在の日本語で書かれるほとんどの詩集よりも詩的に強いことは断言できる。「つくること」を生活の中心にすえている人間でも、ここまで「つくること」の秘密を言語的に探っている人はどのジャンルでも珍しいだろう。天才の面目躍如。たとえばこんな一節がある。「カフカは自分が書くことをKritzelnと称していた。ひっかくこと。文字通り紙をペンでひっかくこと。このことば自体、もう文字通りにうけとる以外にない。これを「書きなぐる」と訳せば、日本語に写しながら、もとはなかった意味をつけたすことになる。」さらに「streckenという単語を書きつけながら、小動物がのびをするのをおもいうかべ、同時に書き手の筋肉のすみずみにいきわたる緊張を意識する。/文章を解釈する訳文は、書く行為を、手を通さない論理と経験の操作に変えている。そこには発見はない。光の消えた後のかたちだけの再現しかない。」翻訳論として読んでもみごとな一節で、「理解」のすべてが翻訳、「制作」のすべてが理解に立つ以上、この音楽家の言葉には真剣に耳を傾けなくてはならないという気になる。