日本の研究者がカフカについて書いた最良の本の1冊。カフカは友人を介してたった一回会った女性に、数ヶ月経って突然、手紙を送りつけ恐る恐る交際を迫る「変な男」だった。そしてその女性と交わした婚約を一方的に解消した勝手な男でもあった。まさに、「不条理」を身をもって実践した「天才作家」である。カフカの主要作品を美しい日本語に移した著者は、その背景に、たたきあげの「強い父」を持った「繊細な文学少年」の焦燥感があると指摘する。生活者として全く無能な自分に対する憐れみと劣等感が、カフカという特異な作家をつくった。もうひとつは、欧州におけるユダヤ人問題の根の深さである。家庭・肉親からの疎外と、排撃・差別の対象であったユダヤ人という出自による社会からの疎外。二重に背負わされた疎外が、カフカ的世界の原風景にある。著者はカフカ一族の歴史、そして父親の生涯を詳述することによって、不肖の息子であったカフカの悲しい物語を綴っているが、その筆致に、カフカへの深い傾倒と愛情が感じられる。一気によめる。