2007年11月は有森博の新譜が2枚発売された。そのうち一枚は「露西亜秘曲集」と銘打って、様々な作曲家の作品を集めたものだったが、こちらはカバレフスキーの作品を収録したもの。どちらも収録曲の録音自体が貴重なだけでなく、演奏も超一級の素晴らしい内容だと思う。
有森博のピアノの美点はいろいろあるけれど、まずその音と音の間合いがとてもよい。スピード感を失わず、かつ十分な音楽的で自然な呼吸が感じられる。音楽の流れや見通しが十全で、<それがどのような音楽であるか>をたちどころに聴き手に伝える力がある。そして特に最近の邦人ピアニストの録音にうかがえる過度の「音質の軽量化」がない点は特筆すべきだと思う。これはまさにこのピアニストが、もっとも骨太なロマンティシズムを持つ「ロシア・ピアニズム」を完全に吸収した上で、自己のものとして消化しているためではないだろうか(もちろん、これは私の推測だけど)。
さて、カバレフスキーの曲。これは、たぶん多くの人がプロコフィエフを連想すると思う。プロコフィエフと比べると過激さは減じるが、いくぶん優しい側面を持っている。ソナタ第3番は充実した作品で傑作と呼ぶに相応しい内容を誇る。もっともプロコフィエフの色彩を感じるものともいえる。第2番は第2楽章が美しい。淡々と奏でられる右手の不思議な旋律に、低音で遠雷のように低く繰り返される特徴ある音型は印象的。スクリャービンに繋がる官能的な音楽と言える。ソナチネ第1番はソフロニツキーの録音と比べたが、両者の解釈は実に似ている。有森の「ロシア・ピアニズム」が本流であることを刻む。