それぞれの障害者(「障碍者」とは敢えて書きません)の個性や状況が生き生きと活写されていて読みながら何度か一人で笑ってしまいました。「自らが撃った弾が、どこに飛んでいるのか、それが当たっているのかさえ分からない。そんな運動・・」に巻き込まれ、疲れ果て、口論し、争いながら走ってきた(走らされてきた介護者たちの戸惑い。それでも憎めない障害者たち。
実は13年ぶりに再会した福永氏から、回し読みされ済の著者謹呈本を購入しました(購入させられた、と書くべきか)。労多い著作に本当に御苦労さまと言いたいです。
しかし振り返ってみると、青い芝の障害者たちがよくまあ、この本の出版を許可したなということにも、時代は変わったなという感慨を持ちます。ひと昔前なら「黙れ!健全者」の一言で反故にされていたかもしれない。松本さんが生きていたら何と言ったでしょう。でも実動部隊の障害者の多くが故人となった今、それが何だったのか世に伝えてゆくことはある意味、必要な作業なのでしょうね。
まあ、そうは言っても評価の星は4つにしておきます。兵庫の青い芝の運動の記録として読むならば内容量として3分の1というところでしょう。障問連とあと神戸・西宮の拠点から見た青い芝の記録が未完成なのが物足りないです。それと、福永さんが脳梗塞で倒れたのは97年の11月だと思います。1年繰り上がっています。西宮で介護派遣事業を始めたのは93年度からです。著作の評価を左右するほどの大きな問題ではありませんけど。
あと西宮の会計担当者が「今はそれどころじゃない」という一言で義捐金の使途内訳が不明云々の件が書かれてありますが、誰のことを指しているのでしょう?角岡さんから取材された記憶もないし、と当の担当者は言っております。被災地西宮のボランティアさんたちは「阪神障害者解放センター」を開始したのは自分たちだと信じておりましたしね。それほど混乱していました。あの頃は優生保護法廃止論議の真っ最中でもあり当該会計担当者と全障連の楠木氏がとある会議で正面衝突した経緯も重なっていて確かに大変な時期でした。これも決着付いてません。ともかく会計報告は大賀氏の監査済。こういうこともあろうかと、原資料は保存しているそうです。