この映画と、フェリーニの「道」ほど感動した映画はありません。
主人公マクマーフィが訴えていることは、
「自分の人生を他人に決められるのではなく、自分の意思で生きるということ」
「自分に自信を持て!ということ」
ある日、刑務所からふとした理由で精神病院に移ったマクマーフィ。
精神病院の患者たちは、ちょっとねじが外れたような連中だが
頑張れば社会復帰が出来そうな人間ばかり。
マクマーフィの眼にはそう映った。
しかし、彼らは、あえて病院に居続けることを良しとしていた。
婦長や病院側のいいなりになって、退屈な毎日を過ごすことを良しとしていた。
患者たちは自信を失っていた。
社会復帰するよりも、管理される方が楽に生きていける
自分で考えずに、他人に身を任せた方がわずらわしさを回避できる。
そんなみんなの姿がマクマーフィには腹立たしかった!
「なんでお前たち、こんな酷いところに自分からすすんで入っているんだ!?」
「お前たち、街を歩いてる連中と変わらないぜ!」
「俺は今日ワールドシリーズが観たい!だから日課を変えて欲しい!!
自分のやりたいことは自分で決めるんだ!!」
「少なくとも俺は挑戦したぜ!いくじなし野郎共!!」
マクマーフィの大胆な行動・意見に、次第に患者たちは注目し、
行動を共にするようになる。
日課に逆らい、テレビを観てみんなで大はしゃぎをし
病院を抜け出し、釣りに行って楽しみ
バスケットの試合ではチーフが大活躍し、みんなで喜び合い、、
そう、患者たちは「自分のやりたいことをやる楽しさ・自由」に
目覚めていくのだ。
権力側(病院側)はそれを抑えつけようとする。
しかし、一度自由に目覚めた患者たちを、病院側はなかなか抑えられなくなる
しかして、権力側(病院側)は中心者(マクマーフィ)を攻撃し始める、、、
この映画が描いてるテーマは、ある意味エーリヒ・フロムの「自由からの逃走」
であり、それは、我々の日常社会にも警告を発しているものである。
快楽や便利さなどに慣らされて、権力側に管理されること・搾取されることに
気が付かず、怒ることを忘れてしまっている日本人。
自分で考えるよりも、回りの意見、上からの指示に黙って従うという習慣。
自分に自信が持てずに、どうせ自分なんか、という気持ちで生きている人々。
そういう我々の身の回りにある社会生活にも警告を発している作品、と見ることも出来る。
マクマーフィの意思を引き継いだチーフが脱出を図るラストシーンは何度観ても感動的!!
「生きることの喜び」に目覚めた人々の姿を描いた、感動と笑いがいっぱいの、名作中の名作です!!