終戦間際の沖縄の離島には、離島残置工作員と言われる中野学校出身の軍人がいた。本書の最後の章、イシムヌガタイに出てくる轟先生は、その中の一人である。
偽名を使い、学校教師として西表島の隣の嘉例島に赴任してくるが、ある日、突然に軍服姿で島民の前に現れて、軍刀を片手に島の最高権力者として振る舞い始める。そして、マラリアの蔓延していた西表島への島民の疎開を主導、多くの犠牲者を出した。
他の章は、沖縄戦の事実に基づいてはいるものの、フィクションとしての色が濃いが、この章は別だ。轟先生の離島での独裁者としての姿や、終戦時の変わり身の早さ、その苛烈かつ奇妙なキャラクターゆえに、一読して実際にあった話とは信じがたいが、これだけ入り組んだ話をわざわざフィクションとして仕上げる理由もない。轟先生と通詞巡査とが戦うラスト以外は、ほとんど実話に基づいている。嘉例島は波照間島のことであり、轟先生は実際には、山下と名乗った。
通常、諜報・謀略活動を使命とする者が、自分の行動を吹聴することはないのだが、波照間島の山下先生の場合は数少い例外で、沖縄の本土復帰直前に刊行された
陸軍中野学校 終戦秘史 (現在は新潮文庫)の中で、波照間島へ赴任した経緯と島への愛情、司令部と島民の間に立って使命を果たす誠実な軍人ぶりを語り、全く山下先生のことをそう思っていなかった波照間島の大部分の人々の怒りを買った。
沖縄に派遣された中野学校出身者の活動は、彼らの本名を含めて、ある程度まで明らかになってきている。彼らは戦争末期に大本営から送り込まれた、少数精鋭の極めて強い意思力に持った優秀な軍人であり、撹乱、破壊工作、ゲリラ戦を目的とした住民の組織を使命とした。山下が自ら回想するような好人物が、務まるような仕事であるわけがない。
おそらく、八重山を訪れる人の大半はこのマンガの存在を知らないだろう。遠い昔の話だと思うかもしれないが、離島残置工作員の活動、戦争マラリアの実態が世の中に知られたのは、年号が平成になってからである。読後、奇妙な物語を読んだと言う印象が残ったら、是非とも、轟先生が本当はどのような人間であったか、ネットで検索をして調べてみて欲しい。