もう発表から16年経つことに驚く。それ程自分の中で何十回と愛聴してきた思い入れの深い作品。
ピチカート・ファイヴは80年代半ばに結成され、初期はボーカルも含め激しくメンバーが入れ替わり、94年
に最終メンバーであるボーカルの野宮真貴とサウンド・プロデュースの小西康陽の2人組に固定された。
2001年の解散までに通算13枚のオリジナル・アルバムを残し、海外から一定の評価も得ている。
彼らの音楽は作品毎に異なったアプローチが施されており、アナログからテクノ指向の作品まで作風の振り
幅が非常に大きいのが特徴で、人によりベスト選出作品が大きくバラけるグループだと思う。
しかし一貫していたのは、豊富な音楽知識に基づいた高い編集感覚と遊び精神、ボーカルの過剰な感情移
入を一切排除した歌唱、シリアスなテーマの時でさえどこか感情を突き放した視点にて書かれた詞である。
自分が彼らの音楽を求めるのは、あまり物事を小難しく考えず、軽く楽しい気持ちになりたい時。
94発表の本作は、野宮がボーカルを務めた9作品中、最も標準的な「歌もの」のフォーマットに接近した作品
であり、小西氏のメロディメイカーとしての才能が全開となっている。逆に彼らの作品に特徴的なアバンギャ
ルドな要素は控えめになっているが、結果的に「歌もの」が好きな自分には最も頻繁に愛聴する作品となった。
彼らの作品としてはアナログ指向であり、生楽器主体の演奏から全般的に70年代ソウルの手作り感が漂う。
小洒落たピアノイントロ「overture」から既にどうしようもなくピチカートである。引き続く12曲共にメロディが良く
練られており強く印象に残る。歌われる言葉は一貫してドライなもので、「それはそれでいイイんじゃない(エア
プレイン)」、「いつもクールで誰とでも寝る(自由の女神)」「お金がなきゃ、なきゃないでいいけど(ヒッピー・デ
イ)」等、その日を刹那的に楽しめれば最高という奔放な主人公像が浮かんでくる。
音遊びという点では、「イフ・アイ・ワー・ア・グルーピー」が白眉だろうか。独特の美声を持つ元アナウンサー
宇野淑子を迎え、心地良いループの上で「グループの追っかけ」をしていた日々を懐古する詩を朗読させる。
そのナレーションと平行して、年頃の女性と思しき2人が英語で楽しいガール・トークを繰り広げ、二種類の会
話があたかも同時通訳を聞いている感覚になる最高に洒脱な一曲だ。
作品の幕は、最もソウル的色合いの濃い名曲「陽の当たる大通り」で閉じる。生楽器主体の陽性の演奏の中
に、彼らの作品では珍しくどこか切なさが漂うのが素晴らしい。
本作を聴き終わった後は、思わず晴れた空の下に散歩に出かけたくなる。
時代を超えて自分の中でずっと愛惜しんでいきたい、痛快な13曲だ。