「イブのすべて」と「欲望という名の電車」。女であることの悲しみを痛ましいほどに描いたこれらの作品群を物語の展開の中に見事に織り込みながら、これは女であることの(そして母の)強さと慈しみを描いた映画です。
アルモドバル監督が執拗に描き続けるのは、薬物依存症患者や性倒錯者、不倫に走る者や宗教的異端の徒など社会の主流からはずれた人々の物語です。監督自身もゲイであることがスペイン本国では公然と語られていますが、社会の周縁部に息づくこうした<少数派の人々>は、それゆえに測り知れないほどの孤独感を常に抱いています。孤独を埋める手立てを強く求めるあまりに彼らはやがて、主流派の人々には越えてはならないとされている一線を越えてしまいます。私たちは一線を越える彼らの姿に言い知れぬ哀しみを見るのです。
それでもこの映画が人びとに底なしの寂寥感を与えることに終始せず、見終わった後にむしろ爽快感を与えてくれるのは、命のリレーを静かにそして毅然とした態度で描いているからです。臓器移植と新生児の誕生。誰かの死を乗り越えながら、未来永劫脈々とつながっていくであろう人間の命の流れ。それを見事に描いています。命を送り出すに価するだけの価値がこの世界にはあるのだという強い信念に貫かれた映画と言ってよいと思います。そして命を産み育むことは「母のすべて」であると語っているような気がします。
主人公マヌエラの人生は山あり谷あり。決して平坦ではない日々を、たじろぐことなく凛として生きていく。映画終盤のそんな彼女の姿が見る者の心を打つ作品です。
劇場公開にも足を運び、そして今回DVDで見直してみましたが、これは幾度見ても倦むことのない秀作であることは間違いありません。
なお、出演者たちのスペイン語の台詞は非常に明瞭で、ヒヤリングの教材にはうってつけでしょう。