知人に薦められて読みました。『消された一家 北九州・連続監禁殺人事件』(新潮社)など、硬派な事件ノンフィクションの書き手として知られるライター・豊田正義氏による美輪明宏の評伝です。
豊田氏自身、昨今の「スピリチュアルブーム」などにはまったく興味のないところから、美輪明宏という対象と出会い、関心を深めるなかで、今回の本に取り組むに至ったと、本書のあとがきで記していますが、かくいうわたしも、霊だのオーラだのといったことには懐疑的で、美輪明宏という人については、「三島由紀夫や寺山修司と交流のあった歌手で、現在テレビで再ブレイク中」という程度にしか、当初、認識していませんでした。
しかし、長崎での被爆体験にはじまり、シスター・ボーイとして銀座の街に降り立った青春時代、極貧のなかで異母弟たちを養った家族への愛、三島由紀夫、赤木圭一郎、寺山修司、田宮次郎ら、戦後日本史に名を残す華麗なる面々との若き日の出会い、そして死別など、まさに「ドラマチック」としか言いようのない美輪明宏の人生を、多くの関係者からの証言や資料による裏づけをもとに、「ノンフィクション」の手法を逸脱することなく、粛々と書き進める筆者の姿勢には、ライターたるものの矜持が窺え、「美輪明宏のファンブック」などではない、至極まっとうな「評伝」としての信頼を感じます。筆者が美輪明宏の長崎時代の「初恋の人(作中では「D」とされています)」のフルネームを知っていたことについて、美輪氏本人が驚いていたというエピソードや、帯に書かれた「あなた、私より私のことを知っているのね」という言葉からは、おそらく美輪明宏その人が、本作品の出来ばえにもっとも感心しているのではないかとさえ推測されます。
また、単に「誰それと交流があった」という事実を連ねるのではなく、美輪明宏が、そのときどきに接した人物に対し、どのような心情を抱いていたか、たとえば「大作家然とした三島由紀夫を平気で袖にした出会い」から、交流が芽生えていったいきさつ、その後、人生の折々で交わされた言葉や、三島の自害をどのように捉えていたかなど、「心のひだ」に踏み込むシーンが多々あり、そこにはなぜ、美輪明宏が、これほどまでに多くの人の心を惹きつけてやまないのか、その魅力の輪郭をくっきりと見てとることができます。
『オーラの泉』でおなじみの江原啓之との出会い(「霊界の宣伝マン」こと丹波哲郎が彼らを結びつけたそうです)や、「はたして美輪明宏に霊能力はあるのか」といった問題など、近年のブームをきっかけに美輪ファンになったという若い読者にとっても知りたい情報満載です。
美輪明宏に関心のある人にとっては、美輪明宏を知るための信頼できる資料として、美輪明宏に関心のない人にとっては、戦後日本を生きたひとりの人物の興味深い評伝として、有意義な読書体験となることは間違いないでしょう。自信を持ってお勧めします。