日本でも人気のあるアメリカ映画『ティファニーで朝食を』がどのように誕生していったのかについて追ったノンフィクションです。
この本は『ティファニーで朝食を』が公開時の1960年代初旬に社会にどのように迎え入れられたのかを一番の核に据えて書いています。
この映画の主人公ホリー・ゴライトリーは、1950年代までのアメリカ人女性に求められていた伝統的価値観を打破する存在としてみなされたのです。そしてまたその自由奔放なコールガールである主人公を、オードリーという清純派の女優が演じたことが、この映画を人々に受け入れやすいものにしたというのです。
ところが原作者のトルーマン・カポーティはオードリーが主演することには反対で、マリリン・モンローが主人公ホリーを演じてくれることを熱望していたのだとか。
また、映画の展開にはカポーティの小説とは異なる部分が何か所もあり、原作者は監督と脚本家を、口をきわめてののしっていたのです。
そもそもカポーティの小説は「あけっぴろげな快楽主義者を主人公にした」もので、当初ハーパーズ・バザース社から出るはずだったものが、あまりの過激な内容にこの出版社が二の足を踏んだため、結局ランダム・ハウス社から出版されることに変更となったという代物です。
私もこの映画を10代のころに初めてテレビで見て、直後に
原作小説を手にしてそのラストの違いに驚いたものです。映画は甘いラブロマンスで、典型的なハリウッド映画に仕上がっています。この本によれば当時のアメリカ映画には製作前にPCA(映倫)が脚本の検閲をする制度があったため、どうしても原作のような、例えば同性愛の要素は盛り込めなかったようです。
また映画でミッキー・ルーニーが演じた日本人ユニオシの描き方は大変民族差別的ですし、黒澤明監督がこのユニオシについて激怒していたという記述にも頷けます。
少しばかり映画を持ちあげすぎているきらいはあるものの、それでも挿入歌「ムーン・リバー」がカットされる可能性があったことや、著名なデザイナーであったイーディス・ヘッドがジバンシーの前で影が薄くなってしまったことなど、『ティファニーで朝食を』のメイキング本としては十分興味深い一冊といえます。