雑誌「アウトライダー」などで有名な小説家、斎藤純の力作。エッセイの体だが実用書といったほうが適当か。初心者の心構え、マシン、用品の選び方から、ツーリングのこつまで広範だが、オートバイ乗りはかくあるべし、といった精神的指南書の色合いが強い。そのほか、ファイン・アート、文学、映画、ジャズなど、著者の得意分野からオートバイにまつわるものが逐一紹介され、オートバイ文化の総合書ともいえる仕上がりだ。
仏教系大学で哲学を学んだ著者は、オートバイに乗ることは知的行為だといいきる。乗り手はマシンとの関係を通して、外界、ひいては自己と対話を重ねていくものらしい。すぐれた哲学者は、おおむね社会的だ。著者もまた社会性を重んじるジェントルマン。軽率なライディングを嫌うだけでなく、オートバイ乗りは世のために何をすべきかということまで踏みこむ。スロットルを握る書き手は珍しくないが、多くはただ走りまわっているだけ。そんななかで貴重な人だ。上品な大人のライダーの共感を呼ぶだろう。
だが不満も残る。本全体、どこか優等生的で淡泊だ。オートバイを突きつめれば見えるはずの狂気や無意味さに思考が及んでいない。重層的に書かれているわりに厚みがないのだ。著者は成人してからオートバイを知った、いわば遅咲きのライダー。上からものをいうのはよくない。著者が正直に自認していることをあげつらうのは、さらによくない。だがそれを承知であえていう。体験によって得たものが少ないから、掘り下げが甘いのではないか。まだ修行が足りないのではないか、この人は。
オートバイに乗るのは、ジャズを聴いたり、映画を見たりするより主体性が強い行為だと思う。これからも親しんでより深いことを書いて欲しい。日本オートバイ文化の発展に欠かせない重要な局面で、今のところ孤軍奮闘している著者だ。になっている期待は小さなものではない。