オーストリア皇太子、フランツ・フェルディナント殿下が記した日本旅行記。
殿下が訪れたのは1892年末であり、前年の大津事件の教訓も踏まえて
日本政府と皇室は最大級の歓待を時の大国の皇太子にしたようです。
文面から殿下の終始ご機嫌な様子が伺えます。
他のレビュアーさんが書いていらっしゃるとおり、
日本の軍事面には並々ならぬ興味を示している。
そしてそれ以上に、日本の建造物、風習、風景、歴史にも興味をもたれたらしく
かなり詳細にしるしてあります。
歴史に基づいた建築物の考察など、当時日本を訪れた外国の皇族の中では
ずばぬけた分析をされています。
そこには日本に対する脅威よりも
むしろ、近代化によって失われる古き良き日本に対する愛惜が感じられます。
この日記は欧州でも出版され、日本の紹介のテキストにも使われました。
読ませる日記です。
フェルディナント殿下は日本の庭園に興味を持たれ
帰国後、自ら日本庭園も作られたらしい。
そして、1914年、愛するお妃様と共にサラエボで暗殺された。
この日記から浮かび上がる日本への愛情を感じるにつけ
もしも、この方が長生きされていたらどうなったのだろうかと思うと感慨深い。
暗殺後の第一次世界大戦で、殿下の祖国と日本は敵対国となった。