ベルリン五輪(1936)における日本人はどのような活躍をみせたのか
をめぐる著者の考察は、ドイツや世界にて毀誉褒貶の激しいレニ・
リーフェンシュタールへのインタビューから始まる。
その後、当時の「日本人」選手(コリアンを含む)がどのように活躍し、
どのように敗退していったかを淡々とした筆致で眺める。
元々が新聞連載だったこともあるのか、やや淡白にすぎ、物足りない
感がある。評者が思うに、当時の「日本人」選手全体を扱ったことで、
どの考察もやや浅く、総花的な印象をもった。
著者くらいの筆力があれば、扱う対象をもっと狭め、よりじっくりと
背景や活動を描ききることができたのではないか? あるいは、日本に
こだわらず、各国選手の動向にスポットを当てるべきだったか? ――
いずれにせよ、対象の選定が中途半端だった気がする。
また、せっかくのレニへのインタビューも、突っ込みが浅い。
「これ以上聞いても仕方ない(聞かないほうがよい)」というような
描写がしばしばあるが、本当にそれでよかったのか?
以上の点に物足りなさを感じつつも、「読ませる」筆致はさすがである。
現在とは比べ物にならないほど、五輪の選手は国内からのプレッシャーを
背負っていた。その点の描写が、何より強く心に残った。
またメディア史の点からして、本書は非常に興味深い。ラジオの実況
放送ならぬ“実感放送”(詳しくは本文参照)には舌を巻いた。また、
レニの代表作『オリンピア』も、競技終了後に同じ選手を使って撮り
直していたという(!)。さらに、新聞社は電送で手に入れたヒトラー
の写真を、修整・加工するのにやぶさかではなかった。
当時の技術やメディア環境の未整備が招いた、あまりに興味深い逸話
が、本書の魅力をひき立てている。
ところで、なぜ「いま」文庫化したのか? もう少し待てば北京五輪が
あったのだが… 戦略から言えば、その年に文庫化することのほうが
得策だったのではないか? 版元をめぐる事情にも思いを巡らせること
のできる一冊。