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第一章・第二章においてウェーバー・フーコー・サイードの思想的な繋がりが着目され、「規律」が客体を・オリエンタリズムを生み出していった過程が鮮やかに描き出される。
第三章・第四章では、日本の屈折したオリエンタリズムが歴史的視点で語られる。我が国で「東洋」が語れるとき、無意識に日本がそこに含まれないことが多いが、その濫觴がどこにあったかを解き明かすのである。我が国の対外進出(侵略)について考察するときに、ここで示される視点は極めて重要であろう。
第五章・第六章においては、ウォーラースタインの世界システム論に依拠しつつ、オリエンタリズムの観点をそこに織り交ぜながら現代の世界政治を浮かび上がらせている。「ポスト・コロニアルの時代にも人間の多様性や複合性を隠蔽あるいは排除する支配の様式は清算されていない」ことが見事に示され、脱オリエンタリズムのための知/実践のあり方が提示される。
「<他者>とは誰のことであり、<他者>はどのような言説の機制やシステムを通じて「創造」されてきたのか」、この問いを常に持ち続けることは、現代を見る上で欠いてはならないだろう。そのことによって初めて「オリエンタリズムの彼方をみはるかす地点」が開かれてくるのだ。
本書のような名著に出会えて私は幸せであった。大きな知的満足と刺激を本書は与えてくれるだろう。読み応えのある本である。得るものは非常に大きい。
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