オランダはプロテスタント、カトリック、世俗自由主義、社会民主主義の4つの柱からななる「柱状社会」であるという。各「柱」は独自のメディアと教育権を公的に認められ、相互の立場を尊重しあって共存してきた。19世紀後半の滔々たる世俗化の流れの中で時代に逆行するかのように宗教勢力と妥協を重ねて形成されてきた社会システムではあるが、自由と寛容を極限まで重んじるという点では周回遅れのトップランナーの栄誉を担うことになった。教育学者である本書の著者は90年代前半より数度にわたり家族でオランダに滞在し、学校教育や国営放送の仕組からオランダ人の日常生活までさまざまなエピソードを交えつつ紹介してくれる。それらは、欧米"列強"を模倣して世界にも稀な均質な国民国家となった日本で生まれ育った者にとっては、脳の窓が開いて風が吹き込んでくるような新鮮な驚きとなろう。
しかしオランダのイスラム系移民が、そのような「柱状社会」の一つの柱となり、独自のメディア、独自の教育権を認められることによって、西欧的な市民社会の論理を共有することを前提に成立していたオランダの「自由」と「寛容」の行方が危ぶまれ、オランダ国民の中には周回遅れの近代国民国家待望論が台頭するにいたった。本書最終章はその現在進行中の事態にも触れられている。これもまた周辺諸国がかつての日本の後を追って急速に近代国民国家化しつるある現在においては、大いに気になるところであろう。英独仏などに比べて圧倒的に情報の少ないオランダを知る上で貴重な書である。
なお本書p85には「なぜ雅子妃の静養先にオランダが選ばれたか」という理由の一つとなった興味深いエピソードが述べられている。