この本の書名・装丁・活字の大きさ・親しみやすいイラスト等々からすると、誰しもこの本は初心者向けの親切なオペラのガイドブックだと思うことでしょう。私もそう思ってこの本を手に取りました。実際、そのような側面もまったくないという訳ではありません。しかしながら、この本は以下に挙げるような点でかなり個性的な、癖の強い内容のものだと私には感じられました。1.とりつきやすい文体のわりに、内容的にはかなり堅い思想的解説が随所に見られる。特に個々の代表的オペラ作品のストーリー解説の部分など。2.オペラの音楽的な魅力の解説よりも、オペラのストーリに含まれる文化的・思想的意義により重点が置かれている。3.音楽書の紹介やCD/DVDの推薦盤紹介よりも、むしろ文学・哲学・社会学等の参考文献の推薦に力を注いでいるように見受けられる。4.巻末のVHS/DVD推薦の章では、オーソドックスな演出よりも、個性的な演出を高く評価する傾向が顕著である。5.代表的なオペラ作品を初心者に推薦するにあたって、音楽的な親しみやすさよりも、むしろストーリーの興味深さを評価の基準にしている。6.穏やかな内容の作品よりも、あくの強い・表現のきつい作品や上演を好んで推薦する傾向がある。7.これは私の個人的好みの問題かもしれないが、ドイツオペラよりもイタリアオペラをやや贔屓し過ぎな傾向が感じられる。これはおそらく、ドイツオペラには神話や伝説等に題材を採った非現実的な内容のものが多いためと思われる。8.オペラに興味を持った初心者が、CD/DVD/VHSなどでオペラを鑑賞するよりも、まず実際の公演を観に行くものという前提で論述が進んでいる傾向がある。等々。これらの個性は、要するに著者が音楽家や音楽評論家ではなく、本職が文学者であるらしいことから、良くも悪くも起因していることなのでしょう。もとより、私はこの本の著者が持つこれらの個性を非難するつもりは毛頭ありません。ただ、本当にオペラ初心者の人がこの本を手にとった場合、これらの個性に振り回されすぎることのないよう注意していただきたいと思います。