Would you like to see this page in English? Click here.


または
1-Clickで注文する場合は、サインインをしてください。
こちらからも買えますよ
この商品をお持ちですか? マーケットプレイスに出品する
オデッサ―黒海に現れたコスモポリス (ユーラシア・ブックレット)
  

オデッサ―黒海に現れたコスモポリス (ユーラシア・ブックレット) [単行本]

嵐田 浩吉
5つ星のうち 5.0  レビューをすべて見る (1 カスタマーレビュー)
価格: ¥ 630 通常配送無料 詳細
o o o o o o o o o o o o o o o o o o o o o o o o o o o o o o o o o o o o o o o o o o o o o o o o o o o o o o o o o o o o o o o o
通常4~6日以内に発送します。 在庫状況について
この商品は、Amazon.co.jp が販売、発送します。 ギフトラッピングを利用できます。

キャンペーンおよび追加情報


よく一緒に購入されている商品

この本と物語 ウクライナの歴史―ヨーロッパ最後の大国 (中公新書) ¥ 903 をあわせて買う

オデッサ―黒海に現れたコスモポリス (ユーラシア・ブックレット) + 物語 ウクライナの歴史―ヨーロッパ最後の大国 (中公新書)
合計価格: ¥ 1,533

これらの商品のうちの1つが他の商品より先に発送されます。 詳細の表示

  • 対象商品: オデッサ―黒海に現れたコスモポリス (ユーラシア・ブックレット)

    通常4~6日以内に発送します。 在庫状況について
    この商品は、Amazon.co.jp が販売、発送します。
    通常配送無料(一部の商品・注文方法等を除く) 詳細

  • 物語 ウクライナの歴史―ヨーロッパ最後の大国 (中公新書)

    在庫あり。 在庫状況について
    この商品は、Amazon.co.jp が販売、発送します。
    通常配送無料(一部の商品・注文方法等を除く) 詳細


商品の説明

内容(「BOOK」データベースより)

その美しさから「黒海の真珠」と呼ばれ、各国の船舶が行き来する国際都市オデッサ。繁栄、衰退、戦争に揺れ動いた歴史と特異性を解説。

著者略歴 (「BOOK著者紹介情報」より)

嵐田 浩吉
1963年山形県米沢市生まれ。東京外国語大学卒業、東京外国語大学大学院外国語学研究科修了。新潟産業大学人文学部准教授。専攻はロシア文化(本データはこの書籍が刊行された当時に掲載されていたものです)

登録情報

  • 単行本: 63ページ
  • 出版社: 東洋書店 (2007/06)
  • ISBN-10: 4885957125
  • ISBN-13: 978-4885957123
  • 発売日: 2007/06
  • 商品の寸法: 20.6 x 14.6 x 0.6 cm
  • おすすめ度: 5つ星のうち 5.0  レビューをすべて見る (1 カスタマーレビュー)
  • Amazon ベストセラー商品ランキング: 本 - 859,569位 (本のベストセラーを見る)
  •  カタログ情報、または画像について報告

  • 目次を見る

この商品にタグをつける

 (詳細)
タグは、商品との関連性が非常に強いキーワードまたはラベルのようなものです。
タグにより、すべてのお客様がお気に入りの商品の整理と確認を行うことができます。
※タグは初期設定で公開になっています。詳しくはこちら
 

カスタマーレビュー

星4つ
0
星3つ
0
星2つ
0
星1つ
0
最も参考になったカスタマーレビュー
3 人中、2人の方が、「このレビューが参考になった」と投票しています。
By メコノプシス VINE™ メンバー
形式:単行本
著者は嵐田浩吉さん。とても読み易くそんなに時間かからず読み終えることができました(オデッサとは黒海に面したウクライナの都市です)。

 オデッサ建都はなんと1794年。アメリカ合州国の独立宣言(1776年)よりも時代が下った時です。

 サンクトペテルブルクがロシアにとってのヨーロッパ、バルト海への「北の窓」とするなら、オデッサは南進政策をとっていたエカテリーナ2世らしくいわばヨーロッパ、黒海への「南の窓」として築かれたといえることでしょう。

 それにしてもこの都市と関わった人物や輩出された人物の数には圧倒されました。驚きの他ありません。きっと読まれるときにはこれぞという名の人に出会うことでしょう。

 嵐田さんの文章は分かりやすく、読書自体も楽しむことができるのではなかろうかと感じたものです。

しかしながら多少語句の扱いに関して引っかかる部分がありましたので書いておきます。

1.「オスマン・トルコ」という表現(初出7ページ)
 現在での呼び方では、オスマン・トルコよりオスマン帝国の方が主流(オスマン帝国はトルコだけの枠組みでは説明しきれないため)

2.「こうした条件はオスマン・トルコの支配下で苦しんでいたキリスト教徒、ギリシア人やアルバニア人やブルガリア人等に魅力的に映った。」(同7ページ)

特に2.には疑問を抱かざるを得ないです。

オスマン帝国―イスラム世界の「柔らかい専制」に書かれているように、オスマン帝国は異教徒に対して寛容でした。

19世紀のナショナリズムの高まりと共に、オスマン帝国の支配を一種の「くびき」と見做す歴史解釈が出てきたわけで本書もそれに従ったものかもしれません。しかしながら賛同できるものではありません。

もともと、バルカン史を研究するにあたっては、柴 宜弘編集、『バルカン史』、山川出版、1998年のまえがきiiページにあるように、「大きな関門となるのは言語であろう。スラヴ諸語、ルーマニア語、アルバニア語、ギリシア語、現代ギリシア語、そしてオスマン語(トルコ語)を駆使する必要が生じるからである。」です。

 難しいことであるとは理解しています。

 それでも、オスマン帝国の支配を従来のイメージで扱うのは問題が生じ、なぜにしてオスマン帝国鎌倉時代末から、大正時代に至るまで存続し続け得たのか説明しきれないのではと感じました。
このレビューは参考になりましたか?
カスタマーレビューの検索
この商品のカスタマーレビューだけを検索する

クチコミ

クチコミは、商品やカテゴリー、トピックについて他のお客様と語り合う場です。お買いものに役立つ情報交換ができます。
この商品のクチコミ一覧
内容・タイトル 返答 最新の投稿
まだクチコミはありません

複数のお客様との意見交換を通じて、お買い物にお役立てください。
新しいクチコミを作成する
タイトル:
最初の投稿:
サインインが必要です
 

クチコミを検索
すべてのクチコミを検索
   


リストマニア

リストを作成

関連商品を探す


同じキーワードの商品を探す







この本は、それぞれの上記のテーマに含まれています。

フィードバック


Amazon.co.jpのプライバシー ステートメント Amazon.co.jpの発送情報 Amazon.co.jpでの返品と交換