裏ジャケットの一番下には、フランス語で“Je suis un revolutionaire.”(ぼくは革命家だ)という落書きがあります。このことばの通り、憎らしいほど絶妙に保守・伝統的な音楽と革新・現代的な音楽とをわかちがたく切り結ばせ、ひとつの個性的な音楽に昇華するベックの才能を示した作品です。
『オディレイ』の音楽は、ごった煮です。つまり、まず、現代的なパンク、ヒップホップ、ノイズ、テクノというなべとスープ。次に、20世紀のポピュラー音楽、カントリー、フォーク、R&Bという具。そして、「ジングル・ベル」、JB(ジェームス・ブラウン)、ヴァン・モリソンを擁するゼムがカヴァーするボブ・ディラン、そしてチャイコフスキーというサンプリング/隠し味。
でも、ベックは、たんに音楽のごった煮を作るだけでは終わりません。詞は、一見ただのグダグダ、何にもなしの放浪を表現しているだけです。でも、「泣きつく相手を探してるんなら 俺には話しかけんなよ」(トラック10)「俺の荷物は来世で待ってるぜ」(11)、「どうせあんたにゃ似合わない あんたは中身が置き去りだから」(13)という歌詞からは、ベックが、放浪する自分の音楽の中身に対して絶大な自信をもっていることがうかがえます。その証拠に、最後の13で、ベックは、放浪の虚脱感をクール・ダウンしながら、ギターと打楽器との限られた伴奏のなかで自分の歌を聴かせます。ベックは、自称フォーク・シンガーである通り、現在のポピュラー音楽の起源のひとつでもあるアメリカ南部の音楽的伝統に最後は忠実なので、現代的な放浪のあとでも自分を見失うことはなく、自分の音楽が落ち着ける原点をちゃんともっているのです。もちろん日本盤にはボーナス・トラックが付いていますが、でも、のちの『ミューテイションズ』や『シー・チェンジ』をうかがわせるこの13で聴き終えていただきたいです。